料理番組『岩鉄先生のクッキングエルボー』
〇
本日のメニュー『トリあえず』
スタジオ内のセットに照明の明かりが降り注ぐ。
キッチンを模したそれの前に、一人の女性が立っている。
すらりとした長身に、少し冷たい印象の表情。エプロン姿で一人の女性が立っている。
女性はカメラに向かって口を開いた。
「皆さんこんにちは。岩鉄先生のクッキングエルボーの時間です」
女性の言葉と共に軽快な音楽が流れだす。
特に表情の変化が無い女性の声がスタジオに響く。
「それでは一文字岩鉄先生に登場してもらいましょう。先生、お願いします!」
キッチンとは少し離れた所にある扉にスポットライトが当たる。降り注ぐ光の中、ノブの回るガチャガチャという音と、ガタンガタタンという大きな音が鳴り響き、最終的にベキみたいな音と共に扉がもげて大きな影が現れた。
そこに現れたのは一人の男。
二メートル近い長身、角刈りの頭に鉢巻、大きな傷のある厳しい顔、鎧のような筋肉を黒い胴着で包んだ男が腕組みをして立っている。
「男の料理研究会副会長の一文字岩鉄先生です。先生、どうぞこちらへ」
「うむ」
男はスキのない流れるような動きで歩を進める。
巨体に似合わぬ音一つない静かな足さばき。
数瞬の後、男の巨体は女性の横に並んでいた。
「本日、料理の指導をしていただく岩鉄先生です。先生、今日はよろしくお願いします」
「うむ」
「先生は武道の方も修練なさっているそうですが、一体どのような鍛錬を?」
「最近はかめはめ波を」
「それではクッキングエルボー、スタートです!」
よく通る女性の声がスタジオに響く。
二人はキッチンのセットに移動した。
女性は少し冷たい印象を受ける笑顔で、男は腕組みをして何かを見上げている。
「それでは先生、今日のメニューは何ですか?」
「うむ、今日はトリあえず、だ」
「トリあえず?」
「普段は秘伝のタレであえているトリを、タレなしで食べる男の料理だ」
「なるほど、忙しい時にとりあえずトリあえず、という事ですね」
「何がだ?」
「何でもないです。それで先生、材料は何を?」
「これを使う」
そう言うと、男は懐からぐったりした鶏を取り出した。
「鶏は筋トレする方などもよく食べられてますね。それでは先生、どのように調理しますか?」
「何もつけずにこのまま食え」
「このまま?」
少し戸惑いの表情をみせる女性に向かって、男は鶏を突き出した。
「素材の味を生かせ」
「私が死にそうなのですが。生は危険では?」
「問題ない。この料理で8回ほど入院しているが見ての通り元気だ」
「最初の入院で何かに気づくべきでは?」
「病院食は意外とうまかった」
「もう死ぬべきでは?」
「男たるもの常在戦場。常に死ぬ覚悟はできている」
「じゃあ先生が食べてください」
「うむ、男の生き様、とくと見るがいい」
冷たい表情の女性の前で、男は両手で鶏をつかむと口の前に持ってきてかぶりついた。
ボリボリみたいな音がスタジオにこだまする。
ワイルドに鶏を咀嚼していた男が突然喉を押さえて倒れこんだ。
「……! ……!」
床でバタバタと暴れる男。その様子を冷たく見ていた女性は携帯電話を取り出して1と1と9をタップした。
「……! ……」
床でもがいていた男はついに動かなくなった。その指先には倒れるときに掴んだケチャップがこびりつき、床に「トリ」という文字を書いている。
通話を終えた女性がカメラに向き直った。
「それではまた来週」
料理番組『岩鉄先生のクッキングエルボー』 〇 @marucyst
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