悪役令嬢にそんな『力』はありません!

黒い猫

第一章 幼少期にて

第1話


 イリーナ・クローズはいつも孤独だった。


 両親はいわゆる「仮面夫婦」で父も母も家を空ける事が多く、帰って来たかと思ったらイリーナの存在なんて全く見えていないかの様にしていた。


 だからなのかイリーナの記憶の中で「家族みんなで食事」なんて場面は見た事がない。


 ――物語にはよく出てくるシチュエーションなのに。


 なんて最初の頃は思っていたけど、時間が経つにつれてこれが普通になり、慣れていった。いや、慣れないといけなかった……と言った方が良いかも知れない。


 それに対する「寂しさ」も最初こそあったけど、だんだんとなくなった。


 何せ、当時の屋敷には私の相手をしてくれる使用人がいたし、時間がいくらあっても足りないくらいの本があった。


「――お嬢様。そろそろお時間です」

「……分かったわ」


 ただ、これだけ存在を忘れたフリをしても「私がいる」という事実は消せないので両親は家庭教師を雇っていた。


 一応、授業の進み具合などを報告しているみたいだけど……。


 果たしてあの二人がそれに目を通しているのかは正直謎だ。


 でもまぁ、これは私自身の為でもあるので授業はちゃんと受けている。それこそ「公爵家の令嬢なのに――」なんて陰口を言われるのは私だって我慢ならない。


 今日はマナーの授業だったけど、特に注意をされるでもなく、難なくクリアする事が出来、家庭教師からも「これならお茶会だけでなく王宮から呼ばれても問題ありません」のお墨付きをもらえた。


「王宮……ね」

「どうされましたか?」


「――なんでもないわ」

「そうですか」


 王宮――。


 イリーナはそこを訪れた日の事を鮮明に覚えている。


 煌びやかで華やかで……それでいて美しい。イリーナの家の様に豪華さを前面に出した様な感じではなく、洗練されている……そんな感じだった。


 ――私の家みたいに「お金をかけました!」みたいな下品な感じは全然なかった。


 もちろん。装飾品はどれも一級品でお金はかかっていたと思うが……何というか、嫌味な感じがしないのだ。多分、それが王族たる所以なのかも知れないが。


 ――それにしても……。


「随分と増えたわね」

「そう……ですね」


 書いて教師が帰った後。着替えの為に開けたクローゼットの中にも大量の服や化粧台に乗り切らないアクセサリーなどが並ぶ。


 ――全く。物を与えておけばいいと思っているのが透けて見えるわ。


 両親はこぞって私に物を与えた。まるで「ここまでしてやっているのだから文句はないだろう」と言っているかの様に……。


 ――でも、私は「物」よりも……。


 なんて思うけど、きっとあの人たちは何も分かっていない。


 ――そもそも私の好みじゃないし。


 でも「両親が勝手に作って来るのだから仕方がない」と言えばそれまでではあるけれど……。


「これだけあると、いくつか無くなっても気づかなさそうね」


 イリーナが何の気なしにそう言った瞬間。何人かのメイドが「ビクッ」と肩を跳ねた様に見えた。


 ――ああ、やっぱりか。


 何となく分かってはいたつもりだ。


 正直、イリーナとしては好みでもない服に愛着なんてないし、何とも思っていない。しかし、それ以上に「信頼している人たちの中に盗みをする人がいる」という事実が悲しかった。


 そして「とりあえず、メイド長に調べてもらいましょう」と心の中で呟いた。


 なんて事があった後、イリーナの何気ない言葉に反応したメイドの数人が数日の内に屋敷から姿を消していたのだった――。

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