10話

「もう下校だからあんまり昇降口にたまらずに帰れよ〜。あ、委員長はちょっと残ってくれ」

「え、」


 なるほどこれが委員長となったものの宿命か、と憐れむような目で隣りにいる愛美を見る。


「バカにしてる?」

「それしか言いませんね。してないです」

「まあいいや。じゃあ先帰っててね」

「わかりました」


 愛美は先生の方に小走りで向かう。私はカバンを持って昇降口に向かう。


 靴を履き替えて外に出る。門を通り抜けて駅まで歩くけど、朝よりも遠く感じた。朝は愛美と来たから短く感じたのだろう。


 駅のホームで電車が来るのを待つ。次の電車までは10分くらい時間があって、端的に言うなら暇だった。


 こういうときに喋る人がいてくれたらいいんですけどね。


 まあ、これからも通い続けるんだから愛美と一緒に帰ることも結構あると思うし、そう考えたらこれからが結構楽しみだなと思った。


 しばらくすると強く風が吹いて、電車が来た。


 電車内には高校生が多く。ちょうど入学式が終わったんだなと察することができた。


 椅子は空いてなかったので、近くのつり革を掴んでスマホを取り出す。


 相も変わらず文明の利器は便利すぎるのではないかと思う。生まれる年が違えば取り出したのは単語帳だったはずだ。


 スマホでニュースを眺めてしばらく、最寄り駅に到着してスマホから顔を上げた。


「……え、」


 それは他の人には聞こえないくらいの小さな声で。


 目の前にいたのはみみで、つまりこれはチャンスだった。朝の通りならみみもここで降りるはずだ。


 電車を降りてしばらく駅のホームを歩く。みみが後ろからついてきているのを確認しながら話しかけるタイミングを見計らう。


「あの、すみません」


 怪訝そうに見つめられる。


「初めまして、ですよね。なんですか?」

「……え?」


 膝から崩れ落ちそうになる。


 忘れられている、という事実に驚きを隠せない。


 私はスタイルもいいし、顔も良いと思う。少なくとも、友達にはそう言われてきた。

 スタイルを維持することも、かわいく見られることも私にとっては大切なことで、努力は怠っていない。


 中学の時は当たり前だけど共学で、周りからの目が嫌で女子校に来た。


 ――はずなのに。


 なのに、なのにみみは私を忘れている。

 それが私のプライドを傷つけて、私の中から何かがなくなったような、そんな感覚に襲われる。


 でも、それと同時にひどく興味を掻き立てられた。


「どこかで会ったことある?」


 私が変な反応をしたせいだろう。みみは私に会ったことがあるのではないかという考えに切り替わっている。


 無理に思い出す必要があるかと言われれば、ない。お礼はしたい。でも、それ以上に私はみみに興味を持っている。


 みみの頭から私が離れなくなるくらい、私を覚えて欲しい。そう思っている。


 別に楽しいことではないはずなのに、油断すると口角が上がりそうで必死に抑える


「すみません。気になったので声をかけたんです」

「……そうなんだ」


 その目は警戒をにじませている。


「私の名前は一条寺涼。聖怜悧女学園せいれいりじょがくえんに通っています。あなたは?」


 別にみみがこれに答える義理はないし、むしろ答えないほうが良いだろう。私はどう見ても不審者なんだから。


「猫又みみ。南高校に通ってる」


 答えてくれたことが嬉しくて、口角が上がるのを止めることができない。


 私が個人情報を公開したから、それに報いてくれたのだろうと勝手に納得する。


「ありがとうございます。ではまた」


 どのみちここに来れば会える。急がば回れだ。ゆっくり着実に行こう。そう決めて私はその場を去った。


 心臓が高鳴っているのがわかる。これはきっとプライドの高さから来るもので、私は私を忘れたみみを許せない。


 だからこれは一種の復讐だ。




「なんだったのあの人……」


 みみは立ち尽くしたまましばらく動けなかった。

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