トリあえず

大道寺司

第1話

「ああ~、もうこんな時間だよ。やっぱり休日出勤はクソだ!」


 俺、酒井仁さかいじんはしがないサラリーマン。

 今日は俺が好きなアイドルの香取鳥子かとりとりこがライブのトリを務めるというので楽しみにしていたが、仕事の急なトラブルで休日に呼び出されてしまった。

 今は仕事を終え、ライブ会場に脱兎のごとく向かっているところだ。


「乗りまーす!」


 取り敢えず、電車には乗ることができた。

 しかし、すぐに異変に気付く。


「嘘だろ......」


 電車は想定した方向と逆向きに進み始める。

 乗る電車を間違えた。

 だが、まだ大丈夫だ。次の駅で降りて反対方向の電車に乗ればよいだけのこと。お目当てはあくまでトリ。最後に俺がライブ会場に立っていればそれでいい。

 そう自分に言い聞かせているうちに駅を一つ通り過ぎた。


「これ各駅停車じゃねーじゃねーか!!!」

「うるせぇよ!」


 急に大きな声を出したせいで不機嫌な乗客の怒りを買い、殴られて気絶してしまった。


******


 目が覚めると駅員室だった。


「時間は!?」


 急いで時計を確認するとライブは始まっているが、トリは流石にまだだろうという時間。

 ここがどこの駅かにもよるが、まだ間に合うかもしれない。


「目が覚めたか」


 俺はすぐさま起き上がり、駅員さんに訊ねる。


「ここは何駅ですか?」

「ここは天国だ」

「はい?」


 急いでるのに俺の頭によく分からない情報を流し込まないでくれ。


「お前は殴られて命を落とした」

「なんで!? あのおっさんに!? ってか駅員さんじゃないんですか!?」

「私は神だ」

「神? じゃあ、その格好とこの部屋は何なんですか!」

「私の趣味だ」


 じゃあ、ライブには間に合わない......

 ってそれどころじゃねー!

 死んだってことはトリに間に合わないどころかこれからずっとトリ(香取鳥子の愛称)に会えないじゃないか......


「ククク、トリあえずってか」

「心を読んでまでしょうもないこと言うな!」

「すまぬ」


 俺は深くため息をついて椅子に座る。

 生まれてから普通に友達と遊んで、普通に勉強してそこそこの大学に入って、普通のサラリーマンになって......何の変哲もない人生だった。

 そんな人生に彩りを与えてくれたのが香取鳥子だった。


「へー、こいつが香取鳥子か」


 神がモニターで何かを見ている。

 これは今日行きたかったライブの会場......?


「どいてください!」

「えっ。ワシ神なんだけど......?」

「ちょっと黙ってろ!」

「えぇ......」


 俺は神を押しのけてモニターを見る。

 そこにはトリを務めあげ、会場から拍手を浴びている香取鳥子の姿があった。


「感動だァ」

「あ、そう」


 この瞬間、閃いてしまった。

 ここにいればこのモニター越しにアイドル香取鳥子を引退まで見届けられるんじゃないかと。

 そう考えた俺は神に土下座していた。


「彼女が引退するまでで構いません。ここにいさせてください!!!」

「別にいいけど。ちょっと態度は改めてね」

「ありがとうございます! 神様!」

「えぇ......」


 こうして俺は天使となった。

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トリあえず 大道寺司 @kzr_

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