第80話 貴族を殺す唯一の刃

「……まさか、悪魔なのか?」

「ンなわけねぇだろ」

「ならば、何故皆を殺した!!」

「ンなもん決まってンだろ。テメェらがエルヴィン様の収める土地で、クーデターを画策したからだ」

「える……う゛ぃん……? エルヴィンだとッ!?」

「〝様〟を付けろ三下が」

「――ッ!」


 エルヴィンの名を口にした途端、男からの殺意がライザーに直撃した。

 その圧に呼吸が止まり、空気の重みに膝をつく。


「し、しかし、まだ、禅譲は、済んでいない、はずだッ!」

「だからなんだ?」

「で、あれば今、イングラムの国主を名乗るのは盗人と同じだ!」

「テメェは馬鹿か。もうエルヴィン様はイングラムを手に入れてんだよ。禅譲までの隙を付いて、人様のもんをかすめ取ろうとする奴の方が盗人だろが」


 ぐぅの音も出ないとはこのことだ。

 クーデターそのものが、王位の簒奪行為なのだから、そもそもエルヴィンを盗人呼ばわりする権利などライザーにはない。


「国家反逆罪は極刑だ。この意味が、テメェにもわかンだろ?」

「…………」


 筋は、間違いなく通っている。

 クーデターは未遂であっても国家反逆罪。

 計画した者はもとより、携わった者もろとも死刑である。


 彼が兵を虐殺した理由はわかった。

 だが、それでもライザーはまだ、現実を受け入れたくはなかった。


 あと少し。あと少しで、王位が手に入るところまで到達したのだ。

 このチャンスを、みすみす逃したくはない。


 兵を喪い、仲間を喪った自分が、ここから挽回する方法はないか……。

 頭を悩ませるが、良案は浮かばない。


「ハイター、なにか良い案はないか?」


 小声で尋ねるが、返答がない。

 ちらり横を見ると、先ほどまであったはずのハイターの姿が、綺麗に消えていた。


 まさか、ハイターも殺されたのか?


「そこのおっさんなら、ずいぶん前に逃げ出したぜ」

「なん、だとッ!?」

「まったく、ふてぇ野郎だぜ。自分がクーデターをけしかけておいて、失敗すると見るや逃げ出すンだからよ」

「く、そぉぉぉッ!!」


 彼は、完全にこちら側の人間だと思っていた。

 事実、レナードが禅譲して一番困るのは彼だからだ。


 ライザーはハイターが法案に仕掛けた仕掛けに気づいている。

 そのおこぼれに預かっているからだ。

(そうでなければ、最強の兵を抱え続けることなど、資金面で困難であった)


「く、クーデターの首謀者は奴だ!」


 ライザーは己のプライドをかなぐり捨てて声を上げた。

 プライドにすがって死ぬよりも、なんとしてでも生き延びたかった。

 先に散った兵士のように、誰の死体かわからなくなるような最期だけは、絶対に嫌だった。


「情けないことだが、わたしは奴に騙されたのだ。レナード王が禅譲されると、奴が法案に仕掛けた裏金を生む絡繰りが使えなくなる。そこで、禅譲を止めるためにわたしが使われたのだ。もし、どこになにが仕掛けられているのか知りたくば、すべて話そう。そのかわり、わたしの命の保証をしてほしい」


 自分が生き残る方法は、もうこれしかない。

 藁にもすがる思いのライザーに、男が凶暴な笑みを浮かべた。


「悪ぃな、情報は十分集まってンだわ。裏金の作り方から税金の抜け道まで。なにからなにまでな」

「…………」


 無念なり。

 ライザーはがくっと肩を落とした。

 言いたいことは山ほどあるが、兵を挙げたのは事実だ。


 ならば、潔く腹を決めねばなるまい。

 最後の最後まで残っていたプライドが、ライザーを立ち上がらせる。


「……敗北を認めよう。今後は公爵家当主として丁重な扱いを求める。裁判もこちらの都合に配慮していただこう」


 公爵家は王家に次ぐ家柄だ。

 いくら処刑が決まっていようと牢屋に入れるなどもっての外。

 客間で軟禁が礼儀である。


 また裁判も同様に、こちらが日程を決めるのが慣例となっている。

 処刑されるタイミングも、公爵であれば自分で決められる。

 つまり死刑囚とは名ばかりで、事実上死刑が執行されることはない。

 公爵とは、それだけ絶大な権力を持つ立場なのだ。


 こうなったら、老衰して死ぬまで生き延びてやる。

 そんなライザーの思いは、


「ゴミに権利などありません」


 ――ザクッ。

 背中から、この国で最も堅牢な鎧が貫かれる衝撃を感じた。

 暖かいものがドクドクと流れる感覚。

 急速に体から熱が喪われていく。


 首だけで後ろを振り向くと、銀髪の女性がいた。

 女性が、突き出した腕を引く。

 その手には、血に濡れたナイフが一振り握られている。


「あなたはエルヴィン様に牙を剥いたのです。ゴミはゴミらしく消えなさい」

「ば、かめ……。わたしを直接、殺めた者は、わたしの呪法にころ、されるのだ」


 おそらく女は、男と同様にエルヴィンの仲間であろう。

 ここで死ぬのは口惜しいが、やっと一人道連れに出来る。


 命が燃え尽きる。

 その兆候が現われた時、体を満たしていた魔力が抜ける気配があった。

 呪法が下手人に向かったのだ。


「フハハハハ! わたしとともに、しねっ!」

「遠慮します」


 冷淡な瞳。

 呪法を受けて、しかし女性は一切の変化がない。


「…………へ?」


 おかしい。

 呪法が発動しなかったわけではない。

 うっすらではあるが、呪法の魔力が女に宿るのを間違いなく見た。


 だが、効果が現われない。


「な、ぜ……」

により、幼い頃から強力な呪法を受け続けていましたので。この手の呪法には耐性が付いています」

「ばか、な……」


 最後の最後までなにもさせてもらえなかったライザー・フラグナー公爵は、絶望の中、息を引き取ったのだった。





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ハンナ「強力な呪い、か……。生まれた時から浴びてたぜ。家庭の事情でね」

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