第76話 闇が、動き出す

「フラグナー公が気づかれたように、この場には武装派しか集めておりません」

「その意味するところは……」

「まあ、少し待たれよ。順を追って説明した方が納得するでしょう」


 ハイターは一度間を置き、全員を見回してから、再び口を開いた。


「ファンケルベルク国を名乗る不遜な輩に、国王が下った」


 その言葉を聞いて、しかし一同はまるで反応しなかった。

 だが十秒、二十秒と時間が経ってようやく、激烈な反応が現われた。


「誠に信じがたいことだが、陛下は国を売ったというのか?」

「いかにも」

「馬鹿な!」「ふ、ふざけているッ!」「なんたることだ!」

「故に今日、この場に武装派の皆様を、緊急的に呼び寄せたのだ」

「ああ、なるほど」「つまりは、前王の時と同じようにと?」


 前王の時代は、軍備に金が吸い上げられ、民と貴族が皆疲弊しきっていた。

 もううんざりだと、暴発しそうになっていた貴族たちをレナードがまとめ上げ、武力を持って王城を制圧。国王に退位を迫った。


 その時レナードが率いた貴族は現在国王派と呼ばれているが、その時と同じ事を、今度は武装派がやる番だ。


「たった一人の愚鈍な王のせいで今、数千年続いてきた国が消えようとしている。皆、そんなことが許されるだろうか?」

「そんな馬鹿な話は許されない!」「そうだそうだ!」

「ならば、我々が取るべき行動は一つ。前王の時と同じように、今回も王城を制圧し、レナード王に退位を迫る。そうして、降伏の決定をなかったものにするのだ!」

「おうッ!」「やってやりましょう!」「国の危機に立ち上がらなければ貴族が廃るというものだッ!」

「一つ、よろしいかな?」


 皆が盛り上がっている中、フラグナーが手を上げた。

 途端に皆が口を閉ざした。

 広間に静寂が下りるが、皆の熱気はより高まっている。

 フラグナーがどのような号令をかけるか、期待しているのだ。


「前回は、実の子であるレナード様が王位を継承された。しかし今回、陛下にはお子がいない。一体誰が、次の王になるというのか?」


 皆の熱気が、一斉に困惑に変化する。

 レナードは28才と結婚適齢期をやや過ぎているが、未だ子どもを作るどころか、妃すらいない。

 彼が王になった当初は18才と若かったこともあり、国が乱れないよう結婚は後回しにされてきた。

 その状態がずるずると続き、今に至る。


「お子がいないのであれば、王を降ろすなど不可能では?」

「適任者が、この場にいるではありませんか。ねえ、フラグナー公?」

「「「「――ッ!?」」」」


 ハイターの言葉で、貴族たちが目を剥いた。

 その視線が、一斉にフラグナーに向く。


 公爵家は代々、王にならなかった王の子たちを(婿入り嫁入りなどの形で)受け入れている。

 本家筋が途絶えたとしても、王の血脈が途切れないようにしているのだ。


 つまり今回子のいないレナードを王から降ろした場合でも、王位を正当に継げる者がいるのだ。


「フラグナー公。やっていただけるかな?」

「…………その大役、お引き受けいたしましょう。私が王になった暁には、我が国を簒奪しようと画策したエルヴィン共々、偽りの国を滅ぼす! そうしてイングラム王国は軍事大国として大陸イチに返り咲きましょう!」


 フラグナーの言葉で、武装派の面々が一斉に拍手を送る。

 その中で、ハイターは内心ほくそ笑んでいた。


(チョロイのぅ)


 あまりにチョロすぎる。

 武装派は、前国王派。軍事国家としてのイングラムを理想としている者たちだ。

 現在の国家運営には忸怩たる思いがあるが故に、少し煽動するだけでこのようにあっさり燃え上がる。


 それに、フラグナーも同じだ。

 王家の血が入っているにも拘わらず、決して王にはなれない男。

 それでも『いつかは自分が国王に』という野心を抱えていることを、ハイターは知っていた。

 そこを、ほんの少しくすぐるだけで、簡単に踊り出す。


 あまりに単純すぎて、逆に騙されているのではないかと不安になるほどだ。

 しかしこれで、準備は整った。


 今宵、武装派の私兵をあげて、王城に襲撃をかける。


 前までは選ばれし二十の最精鋭が王城に控えていたが、それももういない。

 この謀反、決して失敗するはずのない作戦であった。




          ○




 宰相ハイターは武装派を煽動し、武装派はフラグナー公を頭として挙兵。

 王城襲撃の時間は今宵零時。

 各貴族たちの人相は――。


「――今掴んでいる情報はこのようなところですねぇ」

「よくやりましたカラス。下がっていいですよ」

「はいぃ……」


 ここ一時間で、イングラム王都にある膨大な情報すべてを集め、使えるもののみ取捨選択したカラスの疲労はいかばかりか。

 いつもの慇懃さが薄れ、声からも疲れがにじんでいる。


 ここまで来れば、彼の仕事はほぼ終わりだ。

 なのでハンナは休憩を促した。


「それでは少しだけ休ませていただきますね」


 そう言うと、カラスが闇に溶けるように消えた。

 屋根の上から、ハンナとユルゲンが街を見下ろす。


「ユルゲン、使用人の準備は出来ていますか?」

「おう。いつでも行けるぜ」

「それでは順次、戦場予定地を封鎖して回らせてください。一般人を巻き込まないよう、細心の注意を払ってくださいね」

「了解だ。ハンナは」

「適宜、タイミングよく」

「頼んだぜ」


 こうして、ファンケルベルクの闇が、動き出す。

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