第75話 エルヴィンの賽は投げられた?

 その一報がカラスからもたらされた時、ハンナの胸には歓喜と無念が同時に湧き上がった。


「まさか、こんな速度で国を落としちまうとは……」

「それも我が国の被害は皆無、イングラムの被害も軽微です。この国の経済を停滞させずに最速で併呑、隷属化する手腕は驚愕を禁じ得ません」

「俺たちぁ完全に、ドンパチやろうって腹づもりで来たンだがな」


 ユルゲンの言う通り、ハンナたちはイングラムとの全面戦争に突入することを視野に入れ、ファンケルベルクの正式な使用人せんし50名をすべて投入した。

 当然のことながら真正面から戦うつもりだったし、かなりの戦死者を覚悟していた。


 にも拘わらず、まさか小競り合いどころか、一切戦わずに国を落とすとは、この場にいる誰もが想像もしていなかった。


「間に合いませんでしたか……」


 ハンナとしては、武力を示してエルヴィンを喜ばせたかった。

 しかし間に合わなかった今、自分は無能の烙印を押されてしまうのではないか。

 期待に答えられなかった自分が、情けない。


「くっくっく。なるほど、そういうことでしたかッ! これは予想外でしたねぇ」

「どうしたんですかカラス」

「いえねー、われわれはイングラムと戦争をしに来たと思っていたじゃないですか。それが、どうやら思い違いだったみたいなんですよ」

「思い違い?」

「はい。そもそもエルヴィン様は素早く国を落とすことを目的として、イングラムに入国されました。だから我々の到着が間に合わないことも予想の範疇だったのですよ。それよりも、我々にやってほしいことがあったようでしてねぇ。ククク!」


 エルヴィンの知謀を僅かでも覗き見られたからか、あるいはもたらされる情報に酔ってしまったか、珍しくカラスがハイになっている。

 本題へ直接切り込まない言い回しに、ハンナが僅かに苛立った。


「カラス。私たちにもわかるように説明なさい!」

「あー、失礼しました。エルヴィン様はイングラム王を服従させましたが、それを快く思わない不遜な輩がいらっしゃいましてねぇ。宰相以下、武装派と呼ばれる方々がこそこそと動き始めています」

「おっ、そりゃあ――」

「とてもわかりやすいですね」


 カラスの言葉で、ハンナとユルゲンが同時に得心した。

 戦争は、自分たちがまだ経験したことのない戦いだ。


 抗争と戦争は違う。

 いくら抗争では百戦錬磨の使用人とはいっても、所詮人。すべてを万能にこなせるはずがない。

 ここへ来るまで、かなり緊張していたし、決死の覚悟を固めていた。

 もう二度と、ファンケルベルクの地を踏めないとさえ思っていた。


 だがここへ来て、与えられた任務が実は〝いつもと同じ仕事〟であるとわかった瞬間、ハンナたちの表情が落ち着いた。

 落ち着いて――裏の顔になった。


「つまり――」

「普段通り――」

「消せばいいンだな?」


 にやり、三人が同様の笑みを浮かべる。

 ここまでエルヴィンにお膳立てされて、悔しくないはずがない。


 しかし、逆にエルヴィンの求められることに120%答えられる。

 その自信がやる気に繋がり、気迫が満ちあふれる。


「では、主が驚くほどのスピードで、驚くほどの戦果を上げてみせましょう。次こそは、より大きな仕事を任されるように」

「おう!」

「それではカラス。ターゲットの具体的な情報を共有してください」

「承知しましたぁ」


 イングラムの首都の片隅で、ファンケルベルクの闇が動き出す。

 闇は猛烈な速度でイングラム貴族へ迫り始めた。


 そんな中、ふとカラスは思った。


(そういえば我々を出撃させた理由はわかりましたが……、エルヴィン様がが、まだわかっていません)

(一体、エルヴィン様は何故急いでいらっしゃったんでしょう?)


 その謎は、しばらく後に明かされる。




          ○



 時は少し戻り、広間でレナード王とエルヴィンを見送った後、宰相のハイター・シロイネンは急ぎ貴族たちに招集をかけた。


「まずいぞ。このままでは、非常にまずいッ」


 レナードは前王に退位を迫り、新たな国王となった。

 影では王位簒奪者と囁かれていたが、その手腕を発揮すると途端に外野が静かになった。


 これまで軍事一辺倒で貧しかった国が、一気に経済大国として成長したためだ。

 市民からの人気も高く、名君として後世に語り継がれるであろうと言われている。


 しかしここへ来て、彼はあっさり国を売った。


「たかがガキ一人に負けたからといって、まさか国を売るとはッ!」


 現在の経済制度を提案したのは国王だが、細かい法令を作ったのは宰相であるハイターである。

 そのハイターは法令を作るにあたり、いくつかの仕掛けを施していた。


 簡単にいえば、自分の家、会社が儲かりやすいよう制度を設計し、敵対するであろう家や会社に自由が効かないようにしたのだ。

 これにより、ハイターの家はかつて無いほどの繁栄を見せている。


 もし国が変われば、これまで手に入れた地位や名誉のみならず、集金システムさえ消えてしまう。

 ――それは非常に面白くない。


 自身の邸宅に戻ると、既に貴族たちが広間に集まっていた。

 王家用の緊急鳥を飛ばした甲斐があった。


「皆、よく集まってくれた」

「宰相閣下。緊急とはどのような案件なのだ? それに、このメンツは……」


 一人の男が進み出る。

 彼はライザー・フラグナー公爵で、武装派の代表を務めている。


「フラグナー公が気づかれたように、この場には武装派しか集めておりません」

「その意味するところは……」






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ハイター=キッチン用品のアレ

ライザー・フラグナー→rise flag→つまり……

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