第65話 空気が重い……
ただ、街を知るためにいろいろ案内してもらおうと思ったのは本心だ。
こいつ――レナード・ダン・ヴァン・イングラムなら、街の隅々まで知っていそうだからな。
途中からはそんなことすっかり忘れて、アイテムの在処に夢中になっちゃったけど……。
「む? 貴様、俺の魅了にかかってたんじゃないのか?」
「魅了にひっかかるバカがいいるか」
その程度、子どもの頃から対策を取ってるわ。
俺の反応に、レナードがいぶかしげに眉根を寄せた。
「ならば、何故来た?」
「それは――」
「馬鹿なのか?」
ババ、馬鹿ちゃうわっ!
「少々懸念ごとがあったのだ」
「む? その懸念とは一体……まあ良い。どうせ貴様はこの場で終わりだ」
レナードがパチン、と指を鳴らした。
その合図と同時にここ、謁見の前に一斉に武装した兵士がなだれ込んできた。
兵士たちが俺に槍を向けて円形に取り囲む。
その動きは、アドレアの近衛兵より隙がない。
あの近衛兵たちは魅了で操られてたからな。
しらふの兵士と比べるのは可哀想か。
「さて、偽りの王エルヴィン。貴様は4カ国が不可侵と契りを結んだ地を拓き、罪人の身でありながら不遜にも王を名乗った。まるで盗人のように武力で現状を変更しようと企む傍若無人な振る舞いには、聖皇国教皇も大いに憂慮されている。よもや、魔王の使徒ではないかとも噂されている程だ。
いま、この場で貴様の首を跳ね、聖皇国へと献上する。これで猊下も、少しは安心されるだろう」
「その見返りは名誉か? それとも金か?」
「……貴様に答える義理はない」
なにが得られるかはわからんが、いい取引材料にはなりそうだよな、俺の首。
絶対やらんけど。
「せめてもの情けだ、なにか言い残すことはあるか?」
「あー、俺は王を名乗ったつもりはない」
「……ただの阿呆だったか」
レナードが手を上げる。
それと同時に、兵士たちが槍に力を込めた。
えっ、やべぇ。
これマジもんの死亡フラグじゃん!
くそっ! この包囲から逃げ出せる気が全然しねぇ!!
内心ガクブルしてるのに、大貴族の呪縛のおかげでちっとも体は震えない。
でも、顔が少し引きつる。
さすがの呪縛も死は怖いよね……。
なんとか、打開策を見つけないと。
と、とりあえずハッタリだ!
「レナードよ。迂闊に兵を近づけぬほうがいいぞ」
「……はあ、今度は悪あがきか。すまないが、阿呆の言葉は聞こえんのだ。皆、かかれ」
ハッタリがミスったぁぁぁ!
うわぁあ!
兵士が、兵士が槍を俺にぃ!!
全方位から兵士が鋭く踏み込み、槍が突き出された。
その時――。
ムクッ。
床で、影が蠢いた。
次の瞬間、一斉に影が膨張。
周りの兵士をすべて飲み込み、消滅した。
――えっ?
なに、これ……?
いや、聞くまでもなく俺の魔法なんだけどさ。
いや効果おかしいだろ!
一瞬で二十人も消えたぞおいッ!
今まで、こんなに恐ろしい効果を発揮したことなんてなかったのに、なんで……。
――あっ!
そういえば一回トモエ対策に影を使ったから、それ以降ずっと魔力を込め続けてたんだった。
トモエの襲来が怖くて、尋常じゃない量の魔力を込めてたっけ……。
「そんなバカなッ!」
「我が国最強の近衛が……一瞬で……」
あれ、最強の近衛だったのかよッ!
やっべぇ。
国の最大戦力削っちまった……。
って、老年の男、久しぶりに喋ったな。
完全に存在忘れてたわ。
たぶん宰相なんだろうけど、全面に出て指揮を振るうタイプじゃなく、後ろから支えるタイプか。
アドレアとは真逆だな。
さておき、精鋭が消滅して俺は助かったからいいんだけど、イングラム王国にとっては大打撃だな。
だって、最大戦力だったらしいし。
規模は全然違うが、ファンケルベルクからハンナとユルゲン、カラスを排除されたようなもんだ。
この穴、簡単に埋まらんぞ……。
……謝ったら許してくれるかな?
こっちの命取ろうとしたし、お互い様だよね♪ って。
恐る恐る、レナードを見る。
見開かれた目は血走っている。
全然謝れる雰囲気じゃない!
……無言の空気が重い。
なんだか呼吸も苦しい気がする。
なにか軽い一言で少しでも場を和ませたい。
ここは一つ、お願いします『大貴族の呪縛』さん!
「だから迂闊に兵を近づけぬほうがいいと言ったのだ」
挑発してんじゃねぇよッ!!
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