第63話 懐かしい味

「なにかあれば、俺を頼れ。それくらいのえにしは結んだからな」

「ふぅん。ま、なにかあればね。考えといてあげるわ」

「そうか。それじゃあな」

「ええ、光の導きがあらんことを」


 初めて俺に、聖女らしい言葉をかけてくれた。

 ああ、本当に最後なんだな、なんて思って少しだけ胸がジンとする。


 本物のニーナに出会って、初めは俺を処刑ルートに追いやる敵だと思ってびびってたけど、その心配がなくなってからは普通に友達になってて……。


 ゲームの中ではヒロインだったけど、ここは現実で、ニーナにはニーナの人格があって道がある。

 それを他人が妨げて良いもんじゃない。

 だから、俺はニーナから遠ざかる。


 ファンケルベルクの街が、少しだけ寂しくなるな。

 これからあの教会、どうしようか。

 うちの使用人は……無理だな。気づいたらやべぇ神祭って生け贄捧げてそうだし。


 誰か管理出来る人間を確保するか?

 そういうツテは俺にはないから、ラウラにでも相談してみるか。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと酒場が目にとまった。

 あんまり酒には興味ないが、今は酒場に入りたい気分だ。

 このまま宿に入って一人で居たら、しんみりしてやる気が無くなりそうだ。


 入った居酒屋は、可も無く不可も無く。高級ではないが、低級でもない普通の店だった。

 建物は年季が入っていて、壁や柱の風化具合などはとても味わいがある。


 一人、カウンターに座りメニュー表を眺める。

 そういえば、イングラムで食事も初めてだな。


 アドレアでも食べられそうなものは、一旦除外だ。

 イングラム料理っぽいものを選んで注文する。


「オヤジ、これを頼む」

「……ほう、兄さん通だね」


 俺が座ってるカウンター席から少し離れたところから、若い男の声が聞こえた。

 振り向くと、愛嬌ある顔立ちをした青年がいた。

 平民の服を着た、透き通るような金髪をもつ、碧眼の男。


 ……見たことがないな。

 プロデニに出てくる重要人物の中にはいない顔だ。


 うっかり、妙なイベントフラグでも立てちまったかと思って焦ったわ。


「通とは?」

「それ、この国で赤ん坊の頃から食わされる家庭料理なんだが、外国の人間には評判が悪くてな」

「そうなのか」

「ああ。兄さん、外国人だろ?」

「何故わかった」

「そりゃ、着てるもんが違うから一発でわかるよ」


 そんなに大きな違いはないが、たしかにこの青年の言葉はわかる。


 日本人と中国人と韓国人は、顔ではあまり見分けが付かないが、服のチョイスが絶妙に違うんだよな。メーカーとかカラーとかサイズとかさ。

 何が、って聞かれても難しいんだけど、それぞれの国の好みの違いが、服の違いとして現われるんだろうな。


 たぶんこの青年は、そういう微妙な違いに気づいて、俺を外国人だと断定したんだろう。


「兄さんはどこから来たんだ?」

「……アドレアだ」

「へえ。あっちは今、大変みたいだな」

「そうなのか?」

「へっ、知らないのか? 着てる服を見るに、兄さんはお貴族様なんだろう?」


 ぐおっ!

 無防備なみぞおちにストレートパンチが突き刺さった気分だ。


 9才からファンケルベルクで育ったから違和感なくなってたけど、この服、めっちゃ高いもんな……。

 きっとすごい高い織物が使われてるし、全部俺の体に合わせたオーダー品だ。

 んなもん、平民が着られるわけないよな……。


「こ……これはファッションだ。稼いだ金はすべて衣服につぎ込む質でな」

「へえ、こんな上等なものを? んで、どこのお貴族様なんだ?」

「残念だが、貴族じゃなく商人だ」


 間違ったことは言ってない。

 一応、化粧品で城を建てられるくらい稼いだからなッ!

 それにいまは、貴族じゃない。

 貴族〝なんか〟じゃないんだよ……。


「この国には商談に来たんだ」


 これは嘘だけど。


「へえ、そうなのか」

「それで、大変っていうのは」

「ああ、国王が強権を振るって役人たちを次々と解雇してるらしい」

「それがどう大変なんだ?」

「民のあいだじゃ『意にそぐわない役人を首にする恐怖王』って噂が流れてるし、貴族からはかなりの反発が上がってるみたいだ」

「へえ、なるほどな」


 あのジジイが、恐怖王?

 危うく吹き出すところだったわ。

 あれはただの大根役者だぞ。

 恐怖王なんて玉じゃない。


「どうせ、裏で甘い汁を吸ってた宰相とか将軍の手下に、ばっさり大なたを振るったんだろ。その腹いせに、首にされた奴らが『恐怖王』って平民に告げ口して、民意を操ろうとしたってところだ」

「へえ。面白い読みだな。その根拠は?」

「貴族から上がってるのが『かなりの反発』で済んでるのが、良い証拠だ。もし貴族側に正義があれば、王の首がすげ替えられてる」

「それは……謀反じゃないのか?」

「正当な手続きを踏めば謀反にならない。お貴族サマらしいやり方だろ?」

「はあ、貴族が王を切る正当な手段があるとは、恐ろしい国だね」

「……イングラムにはないのか?」

「――ッ!? お、俺は平民だから、なにもわからないな」

「そうか」


 一旦話の区切りが付いたところで、丁度料理が運ばれてきた。

 見た目はパエリアとリゾットの中間くらいだ。

 スプーンを口に運ぶと、口の中に懐かしい味が広がった。


 ――米だ!

 米があったッ!!

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