第62話 まだその時じゃない(震え声

「あいつは後々使えるからな。今はまだ、倒すその時じゃない」

「ふぅん。アンタが言うならそうなのね。……で、それまではこのまま?」

「そうだな」


「なんでアタシも一緒に逃げなきゃいけないのよ。アタシだけ横道に逸れたら、見逃してくれないかしら?」

「仲間だと認知されてるかもしれん。諦めろ」

「アンタを後ろに蹴り飛ばしたら、楽出来るかしら?」

「お前本当に聖女か? 発想が悪だな」


「少し前に、誰かさんが似た案を実戦した気がするけど」

「なんて悪い奴なんだ!」

「アンタよアンタ」

「知らんなあ」


 ああだ、こうだいいながら、俺たちは急ぎ砦に入る。

 幸い兵士たちは、俺たちを先を急ぐ旅人だと思ったのか、スルーしてくれた。

 トモエに捕まらぬよう、足早にイングラムへと入国を果たしたのだった。。




          ○




 幸い、あれ以来トモエに追いつかれることもなく、平穏な旅になった。

 精神的にはずっと落ち着かなかったけどな。

 何度かトモエに切り刻まれる夢を見て目が覚めたし……。


 そのせいか、影に魔力を込める作業が捗った。

 今、俺の影は魔力でパンパンだ。

 おかげでいつトモエが来ても、即座に地面を掘削出来る。


 さておき、首都イングラムまであと数キロまで迫った。

 ここからでも、イングラムの城が見える。


「〝初めて〟見るが、かなりデカい城だな」

「そりゃそうよ。アドレアと同じくらい歴史ある国だもん。歴史が長くなればなるほど、見栄やプライドも膨張していくのよ。あのお城みたいにね」

「……黒いな」


 聖女がなんか、ブラックモードに入ってる。

 目からも光が消えてるし。


 なんか、聖皇国で嫌なことでもあったんだろうか。

 あの国も長い歴史があるからな。

 聖殿も立派だったし、着てる服とかも豪華だったし。

 シナリオに沿った台詞しか聞いてないが、あの国の上層部は『服を着たプライドの塊』みたいな感じなんだろうか。


 聖職者がそれは、嫌だなあ。


「黒さはアンタに負けるわよ」

「俺ほど真っ白な人間はいないぞ?」

「認知の歪みって怖いわね」

「失敬な」


 俺はめちゃくちゃ真っ当な人間だぞ。

 ファンケルベルクは黒いけどな。


 さておき、イングラム王国ってゲーム終盤にならないと来られないんだよな。

 序盤――というかまだ学生時代に来るのは初めてだから、めっちゃワクワクしてる。


 城もそうだし、街だって〝初めて〟見る。

 歴史は同じくらいあるが、守備力はアドレアの方が高そうだな。

 外壁に配置されてるバリスタの数とか、警備兵の人数とか、少し手薄に見える。


「こういうところで、差が付いたんだろうな」

「えっ、なに?」

「いやなんでもない。独り言だ」


 アドレア王国は、ゲーム終盤までなんとか生き長らえる。

 だがイングラム王国は、勇者が学校を卒業するタイミングで滅んだ。



「……ずいぶん人が多いな」


 街に入ると、行き交う人の多さに驚いた。

 アドレアと同じ歴史があるっていうのに、活気には明かな優劣が付いている。


「国が豊かだからね。前までは軍備に力を入れてたみたいだけど、国王が代替りしてから経済に舵を切ったみたいよ」

「ずいぶんと思い切ったな」


 日本生まれの俺からすると、今の王様は先進的な考えの持ち主に思える。

 だがこの世界の人からすると、軍備から経済への転換は反発が大きそうだ。


 江戸時代の士農工商でわかるように、武力と経済は真逆の思想だからな。

 現代日本だってそうだ。

 経済はリベラル、武力は保守だ。

 真逆に舵を切るってのは、相当の勇気と政治手腕が必要だろう。


 ――さて、どうしよう?


 イングラムについてほっとしたところで、俺はやっと現実的な問題に気がついた。


 どうやって、件のアイテムを入手しよう?


 俺の記憶にあるイングラム王国の首都は、すべて更地になっていて、所々建物の残骸が残されていた。

 ほぼ真っ平らだった記憶しかないから、建物が建ち並ぶ街を見たところで、どこにあのアイテムがあるのかさっぱりわからん!


 えっ、マジでどうしよう……。

 背中に冷たい汗が流れ落ちる。


 ユルゲンに無理をいって急遽街を飛び出したはいいが、なんの成果も上げられなかったら……。

 一体どんな顔をして帰ればいいんだ!


 財布の中身は、まだ十分にある。

 たぶん、安宿だったら一ヶ月は余裕で暮らせる、はず。

 プロデニ基準の計算だから、当てになるかどうか……。


 うーん、一ヶ月以内に成果、出せるかなあ。

 首都、めっちゃ広いし……。

 ぶっちゃけ自信がない。


「さて、それじゃあアタシはそろそろ教会に向かうわね」

「そうか」

「連れてきてくれてありがとう」

「礼を言われるようなことはなにもしてないぞ。それで、帰りはどうする?」

「……一人で帰るわ」

「……そうか」


 ニーナの顔の表面に、分厚く透明な微笑みが張り付いてる。

 それは一線を強く引いて、俺を遠ざけるような表情だった。


 その顔を見て、やっとわかった。

 ニーナは聖皇国に帰りたかったんだな。

 ファンケルベルクの大司教に任命したが、そこはこいつの居場所にはならなかったのか……。


 そりゃそうだ。

 幼い頃から暮らしてきた場所は聖皇国だ。

 そこにはいろんな思い出があるが、対してファンケルベルクにはなんの思い出もない。

 たとえ肩書きがあっても、思い入れがなければ人は留まらない。


「なにかあれば、俺を頼れ。それくらいのえにしは結んだからな」

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