第45話 エピローグ

 たぶん、俺はこれで無事、処刑イベントを切り抜けられた……はずだ。

 もうアドレア王国には戻れないけどな。


 頼まれたって、怖いから戻りたくねぇ。

 だってこれ、絶対指名手配されてるやつだろ?

 王様の前で大立ち回り演じちゃったしな……。


 まああの王様なら許してくれそうだけど。

 最後はなんとなく、俺を助けるように動いてる感じだったしな。


 あとはあれだ。

 勇者の行方がちょっぴり気になる。


 やっぱ、聖都にいるんだろうか?


 ――聖皇国の聖なる都セラフィス。

 グラフィックがめっちゃ綺麗だったから、一度は生で見てみたかったんだけどなあ。

 勇者をぶちのめした今、国境を跨ぐのもためらわれる。


 だって、勇者がいたら絶対絡まれるし。

 聖都に近づかなくても絡まれるまである。


 あっ、そういえばこの世界の魔王ってどうなるんだ?


 一応勇者は生きてるみたいだが、あいつじゃ絶対倒せないぞ。

 だってあいつイージーモードだし。

 虎の子のドリンク使っちゃったし。


 俺が討伐するってのも吝かじゃないが、この世界の魔王が何モードで、どれくらい強いかがわからん。

 それに俺……聖皇国に後ろから刺されそうなんだよなぁ。


 平和のために魔王と戦っても、悪と悪が潰し合ってるぞチャーンス!くらいにしか思ってくれなさそうだ。


 まわりから見た、俺の立ち位置は

 アドレア王国=敵?

 聖皇国セラフィス=敵

 魔王=人類はすべて敵

 周辺国=中立

 って感じか?


 魔王が活性化するのは規定事項。

 でも、勇者は雑魚で使い物にならない。


 うん?

 考えてみると、この世界わりとピンチなのでは?


 せっかく処刑ルートを脱出出来たってのに、今度は魔王による人類滅亡ルートスタート……?


 俺だけ生き残る……とか、出来るには出来るが、嫌だよな。

 だって文明なくなるし。

 食べ物だって、誰が作るの? って話だ。


 ファンケルベルクの使用人? 無理無理。

 あいつらが地面に人間以外を植える光景がちっとも浮かばん。


 嫌な汗が背中を流れる。

 ピンチが終わらねぇ……。


 ま、まあ……うん。

 それについてはおいおい考えよう。


 それより今は、新しい拠点だ!

 プロデニを何度もプレイしてるから、遺跡の拠点がどんな雰囲気なのかはよく知ってる。


 初めはテントが張ってる、崩れた遺跡みたいな風貌なんだが、少しずつ魔物の素材とかお金を投資していくと、徐々に遺跡が復興していくんだ。


 中終盤で、一番楽しいイベントだったな。

 でもまだ生で見たことないから、楽しみだ。


「エルヴィン様、到着いたしました」

「……うむ」


 うわ、ドキドキする!


 この七年間で投資した額――計150億クロン。

 めちゃくちゃお金がかかった分だけ、思い入れもひとしおだ。


 やっと、俺たちの――ファンケルベルクの秘密基地に到着だ!


「……うんっ?」


 馬車をおりて目にしたのは、アドレア王国もびっくりな巨大な壁だった。

 高さは三十メートルほどだろうか。

 壁の天辺には、等間隔にバリスタが並べられている。

 凄まじい威圧感。


 えっとぉ……。

 ここはどこ?




           ○




「殺してやる! ぶっ殺してやるッ!」


 セラフィス聖皇国、その皇居の一角で、心が穏やかになる美しい建築物とは真逆の、どろどろとした声が響き渡っていた。


 声の主は、予言の勇者アベルだ。

 彼はアドレア王国にて、裏社会を牛耳る貴族エルヴィン・ファンケルベルクにより殺された。


 現在彼が生きているのは、教皇が貸与した神級アイテムで蘇ったからだ。


 神台で目を覚まして以来、アベルはエルヴィンへの怨嗟をまき散らし続けている。

 彼の姿を見た司祭たちは一様に眉をひそめる。

 このような人物が、本当に神に選ばれた勇者であろうか? と。


 まるで悪魔に取り憑かれたかのような姿に、国宝たる神級アイテムを貸与するべきでなかったと、教皇に直言する者さえ出てくる始末だ。


 ここを旅立つ前とはあまりに変わり果てた姿だが、教皇はアベルに対して失望することはなかった。


 むしろその逆で、彼が堕落すればするほど、エルヴィンを恨めば恨むほど、喜んでいた。


 教皇という肩書きには似合わぬ小さな体躯は、勇者の片腕で突き飛ばせそうに見える。

 だが彼が手を掴んだ瞬間、これまで暴れていた勇者の体がぴたりと止まった。


 まるで巨大な岩に引っかかったかのように、手だけが不自然なほどぴくりとも動かない。


「ねえ勇者アベル、そんなに苦しいの?」

「あ……ああ。オレは、絶対にエルヴィンを殺す。だから教皇、オレをここから出せ!」

「それは出来ないよ。だって君、今ここを出て行ってもすぐに殺されるよ?」

「ッ! そ、そんなのやってみなきゃ――」

「わかるよ。このままじゃ、君は、殺される」


 幼い瞳の奥に潜む真っ暗な闇が、勇者を捕らえて放さない。

 勇者はなんども口を開く。だが、喉の奥から声が上がらない。

 唇が、にわかに震えだした。


「だから、ぼくが一つ力を貸してあげる。エルヴィンを殺すための力だ」

「そ……そんなもんがあるなら、どうして初めからオレによこさなかった!?」

「あの頃はまだ早かったからだね。光の側にいると、どうしても効果が現われないんだ」

「光の側……? お前、一体なにを言って――」

「でも今は、ずいぶんと闇に近づいたから、きっと力が手に入るよ。それこそ、エルヴィンを殺せるほどの、ね」

「…………」


 教皇の様子に、アベルが一瞬怯んだ。

 だがすぐに首を振って、瞳に燃えるような意思を浮かべた。

 怖じ気よりも、殺意が勝ったのだ。


「……あのクソ野郎を殺せるんだな?」

「間違いなく、ね」

「だったらその力、今すぐオレによこせッ!」

「いいよ。でも、気をつけてね――」


 パチン。

 弾いた指先から、〝光る闇〟が溢れ出した。

 まるで意見を翻す隙を与えぬかのような、素早い術の行使だ。

 その光る闇が、アベルの口をこじ開け、一気に胃袋へと流れ込む。


「うごぁぁぁぁ!!」

「君に見合ったお相手が見つかるまでは、永遠に〝魔〟を生み続けるから」

「あ゛っあ゛っあ゛っ――!!」


 アベルの手足が、不自然にビュクビュク痙攣する。

 裏返った目からは、血の涙が溢れ出す。

 体中に浮かんだ静脈が、みるみる黒く染まっていく。


 ドクッ、ドクッ。

 何者かの心音に共振するかのように体が跳ねる。


 そんなアベルを、まるで我が子の誕生を待つ父親のように眺めている時だった。

 ノック音とともに、一人の司祭が部屋に現われた。


「失礼いたします。緊急会議のお時間でございます」

「ああ、もうそんな時間かあ」

「お取り込み中、失礼いたしました」

「いいよいいよ。どうせしばらくはこんな調子だろうからね」

「それでは、こちらへどうぞ――

「はいはーい」


 先ほどまでの、すべてを飲み干すような漆黒の瞳は、元の金眼へと戻っていた。

 カインはまだあどけない子どものように、少し大きな教皇服をパタパタさせながら、勇者の部屋を後にしたのだった。


 扉が閉まる、一瞬。

 部屋の中を見て、カインは嗤った。


「これで、楽園エルデンに一歩近づける」




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 これにて1章終了です。

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