第33話 黒の書

 俺は二人に視線を送り、『静かに』と目で訴える。

 おい勇者。静かにしてほしいだけなのに、なんでそんな怯えた目してんだよ……。


 静かになったところで、バケツと雑巾をもってくる。

 非常に面倒くさいが、仕方ない。

 掃除するか。

 はぁ……。


「エルヴィン。ごめんね」

「ニーナが謝ることではない」

「うん。でも……ごめん」


 本当に申し訳なさそうに、眉尻を下げた。

 なんだか泣いてしまいそうだ。


 こうやって見ると、聖女は完全に勇者側ってわけではなさそうだな。


 上手くやれば、こちら側に引き込めるかもしれない、のか?

 今度試してみるか。


 しかしその日以降、聖女が学校に現われなくなった。




 そこから次の日も、また次の日も。

 手を替え品を替え、俺の机がいじられた。


 机は俺の持ち物じゃなくて、学校の備品だ。

 それを汚されたところで、痛くも痒くもない。

 面倒ではあるが。


 しかし、なんだよこの嫌がらせは。

 子どもかよ!

 あまりにしょぼすぎて腹も立たんわ……。


 初めの頃は、俺と目を合わせなかった生徒たちが、一週間経つ頃には堂々と俺と視線を合わせるようになってきた。


 お、俺、今まで誰とも目を合わせてもらえなかったのに……!

 少しだけ嬉しい!


「喜んでる場合じゃなくってよ?」

「よ、喜んでなどないぞ!」


 というか内心を読むな。

 マジで恥ずかしいから。


「さすがにこの状況の放置は、公爵家の沽券に関わりますわよ」

「そうなんだがな。俺が手を出すとこと、そのものがやり過ぎになるから困ってる」


 巨大な生き物は、動くだけで巨大な波紋が広がる。

 それと同じように、ファンケルベルクが動くと、行き着くところまで行ってしまう。

 おそらく、二・三は確実に首が飛ぶ(物理)。


 だが、俺はそれを望んでない。

 そもそもいじめのやり口が、小学生の悪戯みたいなものばっかだしな。


 そういえば頼みの綱の聖女がしばらく学校に来ていない。


「ニーナについて、情報はあるか?」

「いいえ。いまのところなにも。風邪でも召したのではなくて?」

「そうだといいんだけどな」

「……気になりますの?」

「ああ。少し〝気がかり〟でな」


 クラスに聖女が現われなくなるイベントといえば、やはりバッドエンドだ。

 勇者があまりになにもせず、一切のフラグを立てずにいると、聖女が里帰り――聖皇国セラフィスに帰ってしまうのだ。


 そのバッドエンドが発生したかどうかが、非常に気がかりだ。

 リアルでバッドエンドが発生したらどうなるんだ?

 まさかその場で絶命なんてこと……ないよな? ブルブル。


 今日は図書室から借りてきた本が、俺の机に大量に載せられていた。

 ご丁寧に、貸出票にはすべて『エルヴィン・ファンケルベルク』の文字が書かれている。


 すげぇ手間かけて、こんなしょうもない悪戯やるとかギャグだろ……。


 本をまとめて図書室に返しに行く。

 その間、ラウラは俺の椅子で見張りをしておいてもらう。

 帰ってまたなにかされてたら疲れるからな……。


 数十冊ある本を、一つ一つ本棚に返却していく。

 これまた、すげぇランダムに借りられてるせいで、返すだけで一苦労だ。


 でも、普段見たことない背表紙が見られて、ちょっと楽しい。

『股関節から始める腰痛対策』とか、『MAJIでKOIするゴボウ苗』とか、気になるタイトルが多い。

 ……今度借りよう。


 その中に、ひときわ存在感を放つ装丁があった。


 革張りで、金糸が施されている。

 みただけで高価だとわかるその背表紙には『黒の書』の文字。


「――げっ」


 なんでここにあるんだよ!


 まあ、プロデニでもここにあるんだけど……なんで簡単に見つかってんだよ。

 俺に見つかるなよ、勇者に見つかれよ!


『黒の書』は賢者ルートに入るためのキーアイテムだ。

 この本を、大学施設内にある魔塔に返却すると、魔法使いと知り合える。


 そこからしばらく後、魔王討伐パーティが結成される頃に、魔法使いが正式メンバーとなり、恋心を育んでいくという内容だ。


 賢者ルートとか、今はそれどころじゃないし放置でいいかな。


「…………」


 そうは思ったが、この本が気になる。

 本編だと、中身について一切言及されなかったんだよな。


 中を開いても、『何が書かれているのか理解出来なかった』って説明だけで終わってた。

 一体、なにが書かれてるんだろう?


 未知の誘惑には逆らえず、『黒の書』を手に取った。

 中を開くと……むっ? 全然理解出来るぞこれ。


『黒の書』は……うん、ただの魔法書だな。

 でも、勇者に理解出来なかった理由がわかった。


 これ、闇魔法の本だわ。

 おそらく適性がないと、ここに書かれてる文章が理解出来ないんだろう。


 パラパラめくる。

 俺でさえ知らない闇魔法が結構載っているな。

 この『イグニアス・ドレイン』なんて魔法、本編でも出たことないぞ。


 おっ、この『ダーク・フレア』はいいな。

 絶対に取得したい。


「…………欲しいな」

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