第21話 深化する思い違い

「ああ、思い当たる節があったわ。前に、聖女を救ったことがあったろ? その時、大将が貧民街を通りたいってゴネたことがあったンだよ」

「……もしかして」

「ああ。あン時、やたらスラムの奴らの仕事について聞いてきたから、妙だなとは思ってたンだ。それが、まさかこの計画に繋がるとは、な」

「つまり、人足はスラムの人間を使えと?」

「おそらくは、な。ありゃ、計画の下見だったンだろうよ」

「……当時は、確か9歳でしたか。その頃から、すでに策を巡らせていたのですか。恐ろしい御方ですね」

「まったくだ……」


 貧民なら、帰る家がないから現地で寝泊まり出来る。

 現地から外に出ないなら、秘密も守りやすい。

 たとえ反乱を起こされても、首都の外だからダメージがほとんどない。


 そしてなにより、貧民に仕事を与えることで、飢えや苦しみから救い出せる。


 ここまで考え、計画を作り、お金を稼ぎ、実際に行動に移した。

 その首謀者が10歳児というのだから、神童という言葉すら生ぬるい。


「冬に凍死する子どもたちを、もう見なくて済むかもしれませんね」

「……そうだな」


 あれは、本当に悲惨だ。

 ハンナもかつて下っ端だった頃は、よく遺体の処理を行っていたものだ。


 丸まったまま凍り付いた子ども。

 折り重なって寒さをしのごうとして、そのまま絶命してしまった兄弟。


 それらの処理をしながら、片や冬だというのに汗ばむほどの暖をとり、肥え太った貴族ブタを何度も心の中で惨殺したものだ。


 お前のそのお金があれば、この子たちが救えたのではないか……と。


「出来れば人足確保も秘密裏に行いたいですが、百人規模の人流は隠し通せませんね」

「それについてはスラムの解体とか、貧民にはドブさらいでもさせると言っておけば、問題なく許可が下りるだろ」


 表向きは排除と強制労働。

 その実は雇用の締結と生命の保護。


「ふふふ、まさに正義悪。ファンケルベルクらしいやり口ですね」

「貧民の中には、怪我が原因で仕事が出来なくなった職人もいる。上手く配置を考えれば、案外想像以上のモンが作れるかもしれねぇぜ?」

「それは腕が鳴りますね」


 人員配置はハンナの仕事だ。

 自分の能力如何によって、これから作り上げる拠点が優れたものになるか、はたまた凡庸なものになるかが決まる。


「ファンケルベルク家の総力を挙げ、これまで培った能力を活用し、エルヴィン様にふさわしい拠点……いえ、を作り上げましょう」

「おう!」

「はい」


 こうして、会議はつつがなく終了した。

 元々エルヴィンが想像していた作戦とは、ほんの僅かに毛色が変化した。


 それは、一度にすら満たない角度の違い。

 しかしこの変化が、6年後の未来にどのような結末となって現われるか、この時のエルヴィンには知るよしも無かった。




          ○




 ハンナに計画書を渡したあと、俺は屋敷にある宝物蔵にやってきた。


 最低限必要なステータスの確保は終わった。

 次はお待ちかねのレベリング!

 ――の前に、重要アイテム回収だ。


 原作だと、最終盤に出てくるアイテムが、この蔵に眠ってる。

 これがレベリングの役に立つのだ。


 本来はファンケルベルク家の所蔵品だったが、取り潰しになってから王家が回収。そこから魔王軍が侵攻してきて、いよいよ最終決戦という段階で、アドレア王が勇者に下賜する。


 勇者でプレイしてた頃は、ぐっと来るイベントだったんだけどな。

 エルヴィンになった今となっては『てめぇなに人様のものを、終盤になるまで大事に抱えてやがんだよ!』って感じだ。


 このアイテムがあれば、もっとスムーズに魔王軍を撃破出来ただろうし。


 蔵をあけて、中に足を踏み入れる。

 ほこり臭いし、薄暗いし、なんか出そうだし。

 文字通り宝の山なんだが、あまり長居したくない場所だな。


 ずんずん奥へ進んでいくと――あったあった。

 ひときわ上等なケースの中に、一振りの刀剣が収まっていた。


 今は黒い鞘に収まってるが、これ原作だと純白の鞘だったよな?

 あっ、柄巻つかまきの色とかかしらとか、つばの細工も微妙に違うな。


 もしかしてうちから奪い取ったあと、拵えを勝手に変えたのか?

 まあ、黒いこしらえは光の勇者には似合わないか……。


 でも、これだけは言わせてもらいたい。

 拵えも含めて刀剣なんだよ!

 勝手に変えんな!


 この刀剣は、ゲームの中では『聖光の刀剣』と呼ばれていた。

 ゲーム情報によると『かつてアドレア建国時に祭器として用いられた。ドワーフが製作し、エルフが精霊に加護を願い、聖者が神を下ろしたとされる』という、凄まじい宝だ。


 この刀剣を所持しているだけで、全パーティの物理ダメージが15%アップする。

 まさにお化けアイテムである。


 本編で勇者はこれを装備せず、貴重品として所持するのみだった。

 まあ、二千年近く前の武器なんて、魔王の額にかち込めないよな。

 だって折れそうだし。


 なにげなしに刀剣を掴んだ。

 その瞬間だった。


 ――ピリッ!

 俺の魔力が、刀剣に共鳴した。


「んっ?」


 今は魔力操作の訓練はしてない、よな?

 じゃあ、なんで刀剣を握っただけで、俺の魔力がこいつに纏わり付いてんだ?


 普通、ものを握ったら、体の魔力はそのものを少し避ける。

 意識せずに魔力で覆われるなんてことはない。


「なんだこれ? 気持ちわる……」


 初めて握ったのに、まるでずっと自分の体の一部だったみたいに違和感がない。

 気持ち悪いし、なんか怖い。


 いきなり呪われてバッドエンドとか、ないよね?

 ちょっぴり腰が引ける。


 まさか、勇者以外手にしたらダメ、とか?

 そんな設定あったっけ?


 自分の命に関わることだ。

 必死にプロデニの設定を思い出していると、突如、バチバチっとシナプスが繋がった。


「……もしかしてこれ、勇者専用のアイテムじゃないんじゃないか?」


 そもそも、当時からおかしいと思ってたんだ。

 聖光の刀剣って名前の武器を渡されたのに、武器として装備できず、重要アイテムの欄に収まっていた。


 最強武器ちゃうんかーい! って、当時は内心突っ込んださ。

 でも、説明文を読んだらなんか納得して、それ以降は不思議に思わなくなってた。


 でも、それこそがシナリオライターのミスリードだったら?

 プレイヤーにあえて、誤認させる情報しか提示してなかったら?


 たとえば――勇者はこの刀剣を〝装備出来なかった〟。

 だから仕方なく、重要アイテムとして所持していた、とか……。


【シナリオ理解度が1%増えました――53%】


 ウインドウが現われた瞬間、背筋がゾクっとした。


 一体、シナリオライターはどこまで考えてんだ?

 どこまでプレイヤーを誤認させていて、この物語でどんな真実を明かしたかったんだ?


 手のひらでコロコロされてる気分だが……悪くない。

 この先、ライターがなにを隠してやがるのか、俺が解き明かしてやる。


 ――と、その前にまずは処刑を回避して生き延びること、だな。

 俺は刀剣を装備し、他にも有用なアイテムがないか蔵を物色するのだった。

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