第19話 連絡会議

「その前に、だ。テメェ、俺たちに言うことあンだろ?」


 突然、ユルゲンから強い殺気が放たれた。

 心の弱いものなら卒倒するに違いない。

 その殺気は十分予想出来ていたため、ハンナは軽く受け流す。


「そうですね。大変申し訳ありませんでした。私がおかしな計画、行動を起こしたばかりに、エルヴィン様に多大なる迷惑をかけてしまいました」

「どう落とし前を付ける」

「既に、禊ぎは済んでおります」

「……あ?」


 馬鹿にされたと思ったか。

 ユルゲンの殺意がより強く鋭くなる。

 気の強いものでも、呼吸が出来なくなりそうなほどだ。


 そんな中、ハンナはうっとりした顔で胸に手を当てた。


「エルヴィン様はあろうことか、私から呪魔法を除去してくださいました」

「な、なンだって!? 短命の呪いが解けたってのか!?」

「はい……」


 呪いについて、ユルゲンには知らせている。

 平均寿命はあくまで平均であるため、そこより短かった場合、下手をすればユルゲンより先に死ぬ可能性もあったためだ。


 この呪いを解く方法がないことも伝えていた。

 ファンケルベルクのツテをフル活用しても、不可能だったのだ。

 それを知っているからこその、驚きである。


「これは、永く生きてファンケルベルクに尽くせ、というご意思の表れでしょう」

「チッ、そう来たか。しかし、聖女を救った一件以来、ただ者じゃねぇと思ってたが、大将はまだ10歳だろ? 末恐ろしいな……」


 聖女を救った話は、ハンナも度々ユルゲンから自慢げに聞かされていた。


 曰く、恐るべき魔力の胎動を見た。

 あれは常人の域を超えていた。

 強化魔法は、ユルゲンのそれとほぼ同等だった。

 魔法を受けても傷一つ負わなかった。

 うちの大将は神の生まれ変わりだ、間違いねぇ。


 これを聞かされる度に、ユルゲンも耄碌したものだと思ったものだ。

 しかし実際にエルヴィンの能力を間近で見ると、神の生まれ変わりだと形容したくなるのも頷ける。


「お前が来る前にカラスから一連の詳細を聞いたが、こりゃ、大将はハンナの暴発も織り込み済みだったのかもな」

「そう、かもしれませんね。今思えば、すべてがエルヴィン様の手のひらの上だったように思えてしまいます」


 商人を始めたのは、母親の命を奪った化粧品の売り手を殺すため。

 そして、その商売で不満を抱えたハンナを暴発させたのは、ファンケルベルクでなく、〝エルヴィンに〟忠誠を誓わせるためだ。


 ファンケルベルクに忠誠を誓うことと、エルヴィンに忠誠を誓うことは、近いようで大きな隔たりがある。

 たとえばもしハンナがファンケルベルク派のままであれば、今後の計画を実力で止めていただろう。ファンケルベルクらしくない、という理由で、だ。


 しかしエルヴィンに忠誠を誓ったいま、彼の覇道を邪魔するつもりは毛頭ない。


 己の能力を見せつけ、屈服させてから呪いを解き、恩を売る。

 今思い返しても、背筋が凍り付くほど――エルヴィンの手口は素敵だった。


「商売で得た稼ぎは、新たな事業にすべてつぎ込む予定……と。カラス。ここに書かれてる遺跡とやらは、本当に実在すんのか?」

「はい。ここ数日、エルヴィン様から要請されて調査を行っておりました。おっしゃった通りの遺跡を見つけた時は、さすがに驚きましたねぇ」

「素晴らしい。しかしその遺跡について、エルヴィン様はどこで知ったのでしょう?」

「古い神話から、とおっしゃっておりましたよ。たしかに、創世記にそのような記述がありました」

「そうですか。しかし大まかな場所までよく推測出来ましたね。さすがです」

「しっかし、憎いくらいよく出来た計画書だな。たしかにこりゃ、ハンナを取り込もうとするのも頷けるわ」

「ふふ。きっと、ファンケルベルク〝だけ〟に忠誠を誓う私では、事業は失敗していたでしょうね」


「やれやれ。うちの大将はどこまで先を見据えてンのかねえ」

「それは、常人である私たちでは計れるものではありません。しかし、少しでもお役に立てるよう、エルヴィン様の考えを汲み取ろうとする努力は怠るべきではないでしょう」

「ああ。了解だ」

「それでは、事業計画について詳細を詰めましょう」


 そこから、ハンナが計画書の話を開始。

 説明が終了したところで、カラスが感嘆の声を上げた。


「いやぁ、恐ろしいほど手際よく考え抜かれていますね」

「……というと?」

「この計画書ですが、建設資材の購入や、人足の食糧について一切書かれておりませんよね?」

「ええ、そうね。そこは、これから私たちが考えることです」

「ククク。考えるまでもなく、既に道筋が付けられているとしたら?」

「――ッ!?」


「この計画は、誰にも――特に国には露見せずに進める必要がありますよね。もし国にバレれば、謀反か離反の準備に思われるでしょう。もしその意がなければ国王に献上すべきと、完成した拠点全部奪われかねません」

「確かに、そうですね」

「しかし我々には資材や食糧を、秘密裏に購入するルートがありません」

「それを、これから考える……のでは?」

「いえいえ。既に考えられているのですよ。お忘れですか? エルヴィン様が、〝誰と〟取引をしているのかを」

「――ヴァルトナー!?」

「しかしあそこから購入すりゃ、一発でバレんだろ」

「バレない方法があったら、楽しいと思いませんか?」





~~~~~~~~~~~~~~~~~




・ハンナ(♀)=家令長 貴族担当

 ※貴族の暗殺が一番の仕事。


・ユルゲン(♂)=家令副長 抗争・裏社会担当

 ※アドレア裏社会のボス。抗争が起った場合即座に鎮圧する。


・カラス(?)=家令副長 諜報担当

 ※大体なんでも知ってる(?)。ファンケルベルクの頭脳を自負している。

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