第16話 ハンナが崇拝するファンケルベルク

 魔王軍が侵攻する中、いくつもの国が崩壊。

 逃げ場を失った勇者たちは、深い森の中で見つけた遺跡を拠点として利用する。


 そこから遺跡の防衛施設を強化して、定期的に襲ってくる魔王軍を撃退する、ディフェンスゲームが始まる。

 プロデニだと、魔王軍を退けた時の評価値によって拠点の名声が上がり、各地に散らばった商人たちが集まってくる。


 良い評価でクリアし続ければ、拠点内に人が増えるし、お店に置かれているアイテムのランクが上がるなどなど、プロデニは最終盤でも新しい要素や面白要素満載だった。


 さておき、今の俺であればその遺跡を、勇者に先んじて入手出来る。

 この世界にも、ゲームと同じように遺跡があることは既に確認済み。

 開拓する人を雇うための権力もある。

 必要なものは金だけだった。


 化粧品の利益がかなりまとまった額になったので、満を持してこれに投入する!

 もちろんこれは、ファンケルベルクだけで、秘密裏に行う事業だ。

 間者が入り込んだら大変だからな。


 いやあ、やっぱ開拓とか、町作りって、秘密基地作りみたいでワクワクするな!

 今からそこに逃げ込む時が楽しみだ!


 あっ、でも逃げ込まない未来の方が安全なのか。

 ……ぐぬぬ。


「一体、どのような……」

「ここでは言えぬ。帰ったら事業計画書を渡そう。その前に――」


 俺は足下の影をハンナまで伸ばした。


 この影には使い方が二つある。

 一つ目は、消したい相手を飲み込ませる。


 一見すると凄まじい魔法だが、自分よりも能力が低い相手でなければ発動せず、しかも経験値も得られない。

 まるでニフラム。

 使い勝手が悪い魔法だが、ゴミ掃除には結構使える。


 邪魔者ごみって意味じゃないからな!?

 埃とか、塵とかだ。

 狙って消せるから掃除が楽ちんだ。


 そして二つ目は、相手の負の感情を感じ取って、発動させられる。

 たとえばハンナに俺を裏切る算段があったら、この影魔法が発動しハンナを飲み込もうとするだろう。

 結果、力関係で失敗に終わるだろうけど、発動はする。


 ――相手が敵か味方かを判別出来るのだ。


 その影が、ハンナの影と交わった。

 一瞬、細い影が彼女の心臓に延びたが、全体を飲み込む気配はない。


「……えっ?」

「む?」


 今の動きは、初めて見るな。

 でも害意がある動きではなかったから、大丈夫か。


 影に心臓を撫でられたハンナはというと、目を見開いて呼吸を止めていた。

 その目が、大きく揺れ動いている。


 まあ、人が呑まれるところを見たばっかりだし、撫でられると怖いよな。


 変化はそれきりで、魔法は終了。

 込めていた魔力が霧散した。


「ふむ、消えたな」

「――ッ!?」


 少し想像と違ったが、害意なしと判断していいだろう。


「あ、有り難き、幸せ!!」

「む……?」なんかよくわからんが「今後、俺を裏切るような事があれば問答無用で(契約を)切る」


 だから、絶対裏切るなよ!?

 それこそ勇者と手を組むとかナシだからな!!


「はい! 私は、決してエルヴィン様を裏切りません! 決して!」

「う、うむ」

「しかしもし私が過ちを犯したその時は、どうか、エルヴィン様の手で(頸を)お切りください!」

「う、うむ」


 お、重いなぁ……。

 切るのニュアンスもどことなく違う気もするが、まあいいや。

 これ以上、ハンナに土下座をさせているのも心苦しいし、万一誰かに見られたら、妙な噂が立ちかねん。


「さっさと帰るぞ」


 威圧魔法を解き、俺は家に向けてランニングを再開するのだった。




          ○




 かつてハンナは、丸耳としてエルフ族から迫害を受けていた。

 ハイエルフと人間のハーフで、耳がエルフのそれより短かったせいで、そのようにさげすまれたのだ。


 ハンナを生んだ母親も同じく、迫害を――いや、あれは拷問といって良いだろう。

 彼女はあらゆる魔法の実験台にされた。


 あまりに酷い虐待によりある日、母親が命を落としてしまう。


 母が落命した後は、自分の番だった。

 様々な魔法の実験台になり、傷を負い、癒やされ、傷を負う日々。


 その中でもとりわけ、呪魔法が厄介だった。

 解呪出来ないなんてザラ。まるまる一週間起き上がれず、危うく命を落としかけることもあった。


(このままじゃ、お母さんと同じように、死んじゃう……!)


 危機感を覚えたハンナは、エルフの森を飛び出した。

 十歳で森を抜け、追っ手を躱しながらアドレア王国の首都までなんとか逃げ延びた。

 だがそこから、どうやって生きていけば良いのかわからない。


 路頭に迷ったハンナを拾ってくれたのが、誰あろう111代目ファンケルベルク公その人であった。

 それ以降、ハンナはファンケルベルク家の下女として働くこととなる。


 少しずつ仕事を覚え、時々公と言葉を交わした。

 そこから十年後のことだった。


 公に執務室に呼び出されたハンナは、テーブルに並ぶ3つの首を見て驚き固まった。

 その者たちは、自分をいじめ、母を死においやったエルフであったからだ。

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