第8話 真の取引はすべてのカードが開かれてから

「だったら、うちが仕入れるわよ」

「本当ですか!?」


 それは渡りに船。

 それも豪華客船レベルだ。


 ヴァルトナーならば、どこから何を仕入れているか誤魔化す術はいくらでもあるだろう。

 ファンケルベルクが危険なオクスリを簡単に仕入れられるように。(仕入れないけどな!)


「販売も、うちが直接商店に卸すわ」

「それって……」


 ヴァルトナー公認商品!

 これは、とんでもない後ろ盾が出来た。


 通常、ヴァルトナーは商品の流通を俯瞰して管理する。

 だがその品質を認めたものには、ヴァルトナー公認の印が押される。

 それだけで、価値が何倍にも膨れ上がると言われている。


 おまけに、背後にヴァルトナーが付いているため、製造方法の探りも入れられなくなる。

 もし手を出そうものなら、表世界から締め出されるだろう。


「それだけ、気に入ったってことよ」


 そういうエレンの肌は、以前よりも明らかに透明感が増しており、つやつやしていた。

 一転。表情を引き締める。

 途端に空気がピリッとする。


「さて、それでは価格のお話に移りましょう」

「はい」

「あなたは、いくらで卸すつもりかしら?」

「それは……」


 ヤシの仕入れ値は1玉100クロン。

 そこに、製造コストと俺の人件費を入れる。

 石けんの原価は50クロン。

 化粧水は30クロンだ。


 これはあらかじめ、計算してきたものだが、ここからいくら値段をつり上げられるかは、その場の雰囲気で考えようと思ってた。


 いま、俺が生み出した石けんと化粧水はビッグウェーブに乗ってる。

 なら強気の価格設定をしても、喧嘩にはならないだろう。


「……石けんが1万クロン。化粧水が5万クロンで」

「却下」

「えっ!?」


 途端に、空気が張り詰める。

 心臓がバクバクいって、背中に嫌な汗が流れる。


 さすがは親子。

 今の表情は、ゲームに出て来た悪役令嬢ラウラにそっくりで、とても怖い。

 緊張のあまり、顔が歪む。


 待て。

 俺は何を間違えたんだ?


 高すぎた、か?

 強気すぎたか?


 くそっ、リセットボタンはどこだ!?

 選択肢の前からやりなおしたい!


「あなた。自分の才能を安売りすべきでないわ」

「……はい?」

「これほどの商品は、そうそう世に出てこない。そんなものを、1セットたかが6万クロンで販売するなんて、私が許しません」

「ええと……では、いかほどなら?」

「その十倍よ」

「え?」

「十倍。10万クロンと、50万クロンにしなさい」


 10万と、50万て、マジか……。

 1セット売れるだけで、貧乏学生なら半年は暮らせるぞ!


 かなり多すぎる気はするが、ここは素直に頷いておく。

 素人はプロの仕事に口を挟まないほうが上手くいく。


 それに、勇者と対決した後を思えば、儲けはデカければデカいほどいい。

 お金はあっても腐らないしな。


 そこから、月に納品できる量や、支払いについて詰めていく。

 今のままでよければ、月に50セット。少し無理をすれば100セットはいける。


 そう提案すると、50セットのままで良いと言われた。


「少なければ少ないほど、プレミアが付く。欲しいものが手に入らなければ、貴族という生き物はなんとしてでも買いたくなるのよ」


 なるほど。そういうものなのか。

 そうなると、見込みだけで……1ヶ月に三千万クロンの収入、だとッ!


「まあ、いまは種類が少なくて取引も少額だけど、ゆくゆくは商品点数を増やしていきたいわね」


 これで少額!?

 ……貴族の商売って、すごいな。

 金銭感覚がバグりそうだ。


 商談が終わり、お互いに書類にサインを行う。


「ところで、先週頂いた試供品だけれど、5点ほど作って頂ける?」

「ええ、大丈夫ですけど、なにに使われるんですか?」

「お友達に使って貰うのよ。一度でもこれを使ったら、もう二度と抜け出せないわよ。うふふ」


 エレン夫人が、まさに悪役といった表情を浮かべた。

 うわ、ホンモノだ。ホンモノがいる!

 背筋がゾクゾクする。


 さて。

 腹に力を入れる。

 ここからが、本題――ファンケルベルクの領分だ。


「ところでエレンさん。一つお願いがあるんですけど、よろしいですか?」

「ええ、構わないわよ」

「一人、どうしても消したい人がいましてね」


 言うと、エレンさんの顔が引きつった。

 でも一瞬で元の表情に戻る。


「そ、それならあなたの領分よ?」

「そうなんですけど、俺の手が届く範囲は限られていましてね。隣の島には手が出せない」

「……あー……そう、うちの領域なのね」

「はい」


 ファンケルベルクは、裏の勢力を牛耳っている。

 その中なら、誰であっても自由に闇に葬れる。

 例外として政治家の暗殺もあるが、これは国家主導の処刑――見せしめなので、俺の家に裁量はない。国王の勅令があって初めて暗殺可能になる仕組みだ。


 逆に、これだけの力があっても手が出せない領分がある。

 それがヴァルトナー――表の領域だ。


 どれだけ邪魔でも、商人を闇に葬ってはいけない。


 ファンケルベルクとヴァルトナーが対立すれば、国家の安全が脅かされる。

 だから、お互いの領分には手を出さない。

 これは建国時代からの鉄の掟だ。


「……一応、話だけは聞きましょうか。誰が標的なのかしら?」

「それは――――」

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