第2話 考える9歳児
「失礼いたします」
扉の向こうから、可憐な美少女が現われた。
召使いの服装に、肩に触れる程度の銀髪。
目はきりっとしており、鼻筋が通っている。
少し影を感じる淑やかな雰囲気は、誰しもが息を呑むだろう。
もし日本にいたら千年に一度の美少女とかなんとか話題になるに違いない。
彼女の登場とともに、心が沸き立った。
ハンナだ!
ホンモノのハンナがいる!
うわっ、マジ美少女じゃん! スゲー!
まじまじと見つめ……たいが、さすがにそれは失礼だろう。
いや、美少女と視線を合わせる勇気がないだけなんだけどね。
それにこいつ、最終的にエルヴィンを裏切るんだよなあ……。
かわいらしい見た目に騙されないようにしないと。
「改めまして、おはようございます」
おはよう、ハンナさん。
そう言おうと口を開いたが、
「うむ」
……あれ?
なんで言おうと思ったことが言えないの?
うーん。やっぱり夢なのか?
……いや、なにか言おうとした瞬間、口が強制的に動いた感じがした。
夢なら気づかない感覚だ。
呪いか、はたまたシナリオの強制力か。
……そうだ、スキルボードがあるんだ。
なにか状態異常があったら、ステータスに映るはず。
すぐさまボードを出現させる。
出現方法は、体が理解していた。
まるで呼吸するように、スキルボードが表示された。
○名前:エルヴィン・ファンケルベルク
○年齢:9歳 ○肩書き:貴族の当主
○レベル:3
○ステータス
筋力:2 体力:3
知力:2 精神力:993
○スキル
・大貴族の呪縛
○称号
・EXTRAの覇者
なんだこれ!
精神力めっちゃ高ッ!!
なんでこんなに精神力だけ馬鹿高いんだよ……。
って、まずはスキルの確認だな。
【大貴族の呪縛=台詞や表情にキャラクター補正がかかる】
なるほど、これが俺の言葉が変化した原因だな。
ちらり鏡を見ると、9歳児のくせにテレビで囲み取材を受ける首相みたいな顔してやがる。
試しに笑顔を作ってみる。
――こわっ!
なんか、対立相手を不幸のどん底に突き落として「計画通り」って言う時みたいな、おっかない笑顔になった。
まさに悪役。
ここまでやるか、スキル補正……。
いや、良かったといえば良かった……のか?
さっきまで結構混乱してたし、それがモロに顔に出たら、さすがにキャラが変わりすぎて不審に思われる。
でもエルヴィンは、こんな表情になるような生活を強いられてるのか。
なんだかちょっと、かわいそうだな。
それともう一つ、たぶん俺が持ち込んだだろうスキルがある。
これは……
【裏ENDの覇者=エクストラモード〝裏〟を攻略した者の証。最終ルートでの基礎ステータス値をそのまま引き継ぐ】
最終ルートは……裏END。
なんてこった!
精神ぶっぱビルドじゃねぇかよ!!
そらメンタル鋼にもなりますわ。
しかしまあ、いまの俺は9歳だ。
まだまだ伸びしろがある……はず。
あるよね?
ひとまず、ステータスのことは頭から追いやってスキルボードを消した。
「ハンナ」
「はい」
「今日は何月何日だ?」
「4月15日です」
ありがとうハンナ。
「そうか」
ありがとうハンナ!
「あ……」
ありがとう!!
「あ…………ぐもも!」
「ぐもも?」
くそっ!
なんてスキルだ。
礼も素直に言わせてくれないのか。
悪役貴族らしいっちゃらしいけど、これじゃあ一生ぼっちになるぞ?
「エルヴィン様。貴方は既にファンケルベルクの当主。代々の当主様に恥じぬよう、ファンケルベルクとして立派な当主にならねばなりなせん。その自覚をしっかりとお持ちですか?」
一瞬、ハンナがどきりとする視線を送ってきた。
これは……殺気!?
おいおい、子どもに送っていい気配じゃないぞ……。
ってか、当主にこんなことを言うって、ハンナはエルヴィンの教育係だったのか。
「当然だ」
「では、不審な行動はお控えください」
「あ、ああ」
スキルが邪魔してきたんだから仕方ないだろ!
と言いたいが、ハンナの目が怖いから頷いておく。
しっかし、スパルタだなぁ。
俺は元の年齢が28才だったから耐えられるけど、9歳児にこの圧はきっついぞ?
もし俺が中身も9歳だったら、間違いなくハンナの顔色を伺って行動するようになるね。
「……朝食の準備が整いましたので、食堂までお越しください」
「わかった」
ハンナが一度頭を下げて部屋から出て行った。
それと同時に、知らないメイドが二人現われた。
その二人は俺をあっという間にすっぽんぽんに!
なにこれ!?
めっちゃ恥ずかしいんですけど!
いや、でもこれはこれでアリ……いや、ナシナシ!
戸惑っているあいだに、メイドたちがささっと俺に新しい服を着せる。
……なるほど。
彼女たちは、主人の支度を手伝うメイドなのか。
あぶねぇ、変な扉が開きそうになったわ。
衣類高速チェンジが終わると、やっと混乱が収まった。
すると俺が知らない記憶がぽつぽつ頭に浮かぶようになった。
どうやらこの体に、元の人格の記憶が残っているようだ。
この家の当主は……
まじか。
ファンケルベルクって、公爵だろ?
9歳の子どもが大貴族の当主って、尋常じゃない。
冗談かと思ったが、スキルボードには確かに当主って表示されてたな。
でも、なんでこうなってんだよ?
……ああ、両親が死んだからか。
そのままじゃ取り潰しにあうから、苦肉の策で当主を引き継いだのか。
母親は……なるほど病死か。
顔が真っ白になって、痩せこけている女性が浮かんだ。
これが、母か。
目の焦点が合ってなく、常にうわごとをつぶやいて、エルヴィンの首を、両手で――。
「――ッ!!」
頭を振ってイメージを排除する。
こえぇぇぇ!!
せっかく清潔な服を着たのに、嫌な汗かいちゃったよ……。
父親は自殺……いや、他殺か?
よくわからんな。
執務室で血を吐いて倒れてるところが頭に浮かぶ。
近くには倒れたワイングラス。
どうやらワインに毒を混ぜて服用したらしい。
この姿も……見たんだな。
くそっ!
どれも子どもが見ていい光景じゃねぇぞッ!!
なるほど。
だからこいつは、メンタルが鋼になったのか。
シナリオライターが、そういう理由付けをしたんだろう。
まさか、メンタルが鋼になった理由付けに、こういうストーリーを生み出したんじゃないだろうな?
だとしたら……。
今回ばかりはほんの少しだけ、このライターが嫌いになりそうだ。
両親を失ったエルヴィンは、その小さな肩にファンケルベルク家のすべてがのしかかった。
この家は、アドレア王国の裏を司っている。
政治界の掃除から、色町やならず者の管理まで。汚れ仕事は多岐にわたる。
どれも、子どもがやっていい仕事じゃねぇよ。
だがいずれも、やるしかなかったんだ。
ファンケルベルクの嫡男はエルヴィンしかいなかった。
引き受けなきゃ、自分も、ハンナたち使用人も、みんな路頭に迷うことになった。
それに、両親との思い出が詰まった大事な家に、もう二度と戻ってこられなくなるもんな。
日本でゲームしてる時は、勇者に突っかかってくる嫌な奴だと思ってた。公爵家の力を笠に着て、自分にはなんの能力もないクズだと思ってた。
いじめられる勇者に、感情移入して、エルヴィンに怒りを覚えた。
だが、今はどうだ?
俺は……エルヴィンにすっかり感情移入している。
こいつの魂がどこに行ったかは知らないが、俺は、こいつが幸せになってほしいと心から願ってる。
優秀なライターは、プレイヤーの感情をコントロールする。
……さすがはプロデニのシナリオ、といったところか。
これもライターの狙いなんだろうか?
手のひらで転がされている気分だが、いいだろう。
俺は全力でこいつを幸せにしてやる!
シナリオライターさえ創造しえない、最高のハッピーエンドってやつををつかみ取るんだ!!
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