第6話・現実はファンタジーのように上手くいかない

 見たことのない天井を仰ぎ見ながら目を覚ます。

 部屋はすこし埃っぽく、布団や毛布の調子も最悪だった。

 ベッドのクッションはぺちゃんこになってしまっており、微かにのこっている生地の下には硬いバネの存在がありありと示されている。

 毛布も少しカビ臭く、とても良い寝心地とは言えなかった。

 むくっと起き上がると、私は二段ベッドの下段に寝かされていた。天井だと思ったものは、二段ベッド上段の裏面だったのだ。

 周りを見渡すと、部屋には同様の二段ベッドが数個、そしてそのベッドはカーテンで区切られており、どこかしらの宿舎であることは分かった。

 このお粗末な施設を見ていると、どうやら病院ではないことは確かなようだ。

 部屋には窓がついているが、窓は格子で塞がれていた。それはまるでこの部屋が中の住人を外へ逃がさないことを激しく主張しているかのようだった。

 陽の加減から、今の時刻が大体午前九時過ぎほどであることは分かったが、それ以上の情報は転がっていない。

 しかし、首が痛い。寝違えてしまったかのように思い、首を回しながら調子を確認していると、うなじの少し左側に違和感を覚えた。

 かさぶたかと思ったが、それとはまた違う。牛乳瓶の蓋ぐらいの大きさの腫れ物のようだ。

 置いてあった鏡で見てみてもうなじのあたりにあるのでよく見えない。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。ここはどこで、私はどうなったのだろうか。

 第一、昨日ルイと屋上で戦った後の記憶がない。確か私は絶望的な状況であったはずだが、香蓮は無事だろうか。

 もしかしてだが、あいつにあそこから敗れて無理やり軍門に降らされたのだろうか。

 とにかく、今の状況を知らねばならない。

 ポケットに手を突っ込んでスマホから情報を得ようとしたが、そういえば昨日路地裏にスマホを落としたままなのを思い出し、それはあえなく無駄足に終わった。

「……まずは、出口を探そう。」

 まさか出入り口が無いということはないだろう。

 窓とは反対側にあるカーテンをめくると、そこには鉄製のドアがあった。

 ドアノブは酷く重く、錆びていた。ここがしばらく使われていなかったことの何よりの証だろう。

 恐る恐るドアを引くと、開いたドアから人が背を向けて倒れ込んできた。

 思わず避ける。倒れてきた人はどうやら椅子に座りながらこのドアにもたれかかっていたようで、そのまま床に頭を強打した。

「痛っってえええ!」

 倒れ込んできた男は、軍帽と軍の制服を着た男だった。避けずにそのまま受け止めてやればよかっただろうか。悪いことをしてしまった。

 しかし、軍の制服。ということはここは軍の施設なのだろうか。病院でもなく、なぜ軍の施設に。謎は深まるばかりだ。

「だ、大丈夫ですか?」

 今はそんなことより、目の前のこの男だ。しばらくすると男は起き上がり、私に対して真正面から自己紹介をしてきた。

「これは大和殿、お見苦しい姿をお見せしました。私は佐藤昌平上等兵と申します。良きお目覚めのようで。」

 そういうと、佐藤上等兵は私に対してお辞儀をしてきた。

「そ、そんな止めてください。大人の方が、ましてや軍の方があたまを下げるなんて!」

 こうやって頭を下げられることは慣れていない。ましてや、今までは私のほうが頭を下げることが多かったぐらいだ。

「……しかし、ここはどこなんですか?どこかの軍の施設なんですか?」

「ここは国防陸軍大蔵基地でございます。」

 お、大蔵!?電車であそこから一時間以上かけて行く場所じゃないか。第一、なんでこんなところに。

「なんでこんなところに私が?……」

「申し訳ございませんが、それに関しては私もわかりかねます。私はただ、上官に大和殿をここで朝まで見張っているように言われただけでございますので。」

 そうなると、軍は私に対して何か用があるのだろうか。やはり、あそこで怪鳥と「契約」を交わした時点で面倒事に巻き込まれる運命は避けようがなかったのだろうか。

「……しかし、大和殿が目を覚ましたら大佐殿を呼ぶように命令されております。もしかしたら、大佐殿ならばなにか知っているかもしれません。」

 た、大佐って。確かかなりのお偉いさんだというのを海賊の漫画で見たはず。

 なんかどんどん話の規模が大きくなっていく気がするの気のせいだろうか。

「とにかく、大佐殿を呼んできます。こちらの椅子を貸すので、部屋でくつろいでお待ち下さい。数分で戻ってきますので。」

 そう言うと佐藤上等兵はそそくさと部屋を出ていってしまった。

 建付けの悪いドアがギリギリと音をたてて、閉まる一歩手前までその隙間を狭める。

 私以外居なくなったこの宿舎は、既に先ほどのような静寂の支配下におかれていた。

 閉まりかけのドアをバタンと最後のひと押しをして閉め、部屋のど真ん中に椅子を置く。

 淀んだ空気を換気しようと窓を開けるが、窓は1つしか無いので大して空気は入れ替わらなかった。

 私はまるでアルバイトの面接をする時に店長を待っているときのような、どうしようもないもどかしさの中で佐藤上等兵が戻ってくるのを待った。

 その間に幾つかの考え事もしていた。

 まず、どうしても昨日ルイと戦っていたあとのことが思い出せない。

 確か最後、軍のヘリが来たことはギリギリ覚えていたが、そうなると私は拘束されたのだろうか。

 しかし、仮に拘束されていたのなら私は檻かなにかに入れられているはずだ。こんなドア一枚開けたら脱出できる宿舎なんかに入れられないだろう。

 そうなると、ルイが私をここに連れてきたのだろうか。

 だがそうなると第一、ルイがあんな非道な方法で私を服従させようとしていた理由が分からない。

 ……あれ。確か、ルイ以外にも誰か一人男がいたような。国防軍の人?違う。

 身長が私よりも何回りも大きい男。白い一枚布を羽織っていて、そして名前は確か……。

「ロムルスだっ!」

 引っ掛かっていた何かがとれた感激で思わず叫んでしまった。

 そしてちょうど、ドアの方から佐藤上等兵を侍らせながらさっき言っていた「大佐」が部屋へ既に入ってきていた。

「……元気な子なようだな。」

「あ、あ……。」

 あ、やばい。すっごく恥ずかしい。一人しかいない部屋で奇声を上げる変な人だと思われたらどうしよう。

「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません、こんにちは、いやおはようございます?私の名前は……。」

 緊張と羞恥心で頭が回らず、ガタガタでおかしな敬語しか出てこない。

「畏まるでない。楽にせい。」

 そう言って大佐は佐藤上等兵が差し出した椅子に座り、軍帽を外す。

 深い紺の制服に身を包み、左胸は色とりどりな勲章で彩られており、肩は金ぴかな階級章が激しく自己主張をしている。

 顔つきの方はシワこそ深いものの威厳のある顔つきをしており、髪は刈り上げられており、よく整っていた。

「大和めぐみと言ったかね。私の名前は熊沢愉。君とは長い付き合いになるだろう。よろしく頼む。」

「大佐殿は異能対策特別連隊長であらせられる方です。」

 横の佐藤上等兵が補足を入れると、熊沢大佐は「一般人相手にそんなこと言ってどうする、まずは人心掌握じゃ」と叱責した。

 本人の前で人心掌握とか言ってしまうのもどうかと思うが。

「……さて、大和くん。昨日の誘導は見事であった。あの時、君は限られた情報や資源の中で最大限の行動をしたと言えるだろう。」

「昨日というのは、ルイの一件ですか?」

 大佐は「そうだ」と返すが、次の言葉に少しの躊躇を見せた。

 そして切り出す。

「……先ほど、ロムルスと言っていたな。彼と対峙して生きて帰ってこれたのが何よりの幸運であっただろう。」

 私は直感でロムルスという男の異常性は理解できたが、やはりあの男の強さは異常そのものであったらしい。

 あんだけヘリですらバカバカ撃ち落としていれば、軍も拘束したくても出来ないのだろう。

 私としても、気になることがいくつかある。

「ですが、なぜか私は目を覚ましたらここに連れられていました。それに私の他にもう一人女の子がいたはずです。私の友達なんです、その子がどうなったが教えて下さい。」

「分かった。順を追って話そう……。」

 大佐は1つ間を置いて話し始める。

「その後、ロムルスは大高にあったあの廃ビルから、ここの大蔵基地まで君たち二人を連れてきた。」

「……二人?」

「ああ、二人だ。軍はヘリコプター墜落とロムルス出現の報から出撃準備を進めてたが、先にあちらからここの大蔵基地までやってきたのだ。」

「急遽戦闘態勢を整えたが、ロムルスは「最後のイデオロジストとその人質だ。二人とも好きにしろ」とだけ言い残して去ってしまった。」

 今のところ、大佐が話すのを躊躇した内容が見つからない。強いて言えば、ロムルスも言っていた「イデオロジスト」という単語が気になるが、それは後で聞くとしよう。

「そして、君の友人鈴原香蓮は無事だ。今頃、愛知県警本部で親兄弟と再会して取り調べを受けている頃だろう。」

 よかった、香蓮は無事らしい。これで私の懸念はまた1つ取り除かれた。

「話の本番はここからだ。君は、自分のうなじあたりに何かあることに気がついたか?」

「はい、起きてしばらくして何か違和感を感じました。どこかにぶつけてできた腫れ物のような何かぐらいに思っていましたが……。」

 大佐は「そうか」と一言。そうして、佐藤上等兵に「見せてやれ」と言われた上等兵は、手カバンからタブレットを取り出し、私の方に見せてきた。

「これがその「腫れ物」の正体だ。」

 それは腫れ物というよりは刺青のような何かだった。紋章のようなものであり、中央に「SPQR」という文字があり、その周りをオリーブ葉の装飾が覆っている。そして、その上には両翼を広げた鷹が鎮座している。

「なんですか、この鷹の文様は?」

「鷹ではなく鷲だ。」

 あれ、鷲だったか。

 そうなると、もしかすれば私のあの鳥も鷹ではなく鷲の可能性があるな……。

 そういえばあいつ、どこに行ったのだろうか。まだあの屋上に落ちているのだろうか、また後で探しに行ってやらないと。

 猛禽類の飼い方なんて知らないが、せっかくできた相棒だ。しっかりと世話をみてやるべきだな。

 と、今はそんなことはどうでもいい。大佐の話の続きに耳を傾ける。

「確かに、ロムルス相手に生きて帰れたことは幸運であった。」

「……しかし、それはある種の必然であったとも言えよう。」

 やけに含みのある言葉だった。そして、今までのまわりくどい話は次の一言に帰結する。

「大和めぐみよ。君は、ロムルスの軍門に下ったのだ。」

 軍門に降る……。

「もっと話の中枢に迫るような言い方をするならば、君はロムルスの傀儡となったのだ。」

 傀儡……くぐつだとか、何かの手先となって操られるだとかの意味だったか。

「その……。つまり、私はあの男の言いなりになるということでしょうか。」

「いいや、それは違う。」

 大佐はそれを丁寧に否定してくれた。

「ロムルスの傀儡は非常にゆるやかなものだ。お主の自由意志を奪ったりなどはしないだろう。ただし、だ。」

「もし仮に奴から命令があったのならば、それは必ず守らねばならん。」

 私は大佐が言っている意味が分からなかった。自由意志を奪わないのに、命令があったら遵守しなければならない。一見矛盾しているようであった。

「……まあ早い話、「遵守せねば、お主の身に何があるか分からない」ということだ。」

 ああ、そういう。遵守しなかった場合にはどんな厳しいお仕置きがあるか分からないということか。

 しかし、それ以上に根本的なことを私は聞かなければならないのであった。

「大佐。つかぬことをお聞きしますが、「ゲーム」とは何ですか。」

「ああ。その話もまだ知らないのか。」

 大佐は「何から話すか」と考え込んでいる。どうやら相当複雑な話らしい。

「まあ、一言で言えば歴史に「やり直し」を与える儀式だと言って差し支えないだろう。」

 歴史にやり直し。ああなるほど、つまりどういうことだ?

「人間には必ず死の時には多かれ少なかれ後悔があるものだ。それは我々も例外ではないはずだ。」

「無念半ばに死の淵に落ちた者たちへ、やり直しの機会を与える。それが「ゲーム」だ。」

 なるほど。ルイやロムルスも、死の前にあった無念を晴らすためにこれへ参加しているということか。

「そして君は現代勢力の代表のうちの一人だ。彼らを止めるために、私達としては、ぜひ一緒に戦っていただきたい。」

 しかし、私がなぜ戦わなければならないか甚だ疑問であった。既に死んだ者たちが勝手に争い合うならば、それは放っておけば良いのに、なぜそれに対して介入せねばならないのか疑問だ。

「……まあ、この程度の説明で首を縦に振ってもらえるなど思っておらん。もっと深い説明をせねば……。」

 大佐が更に深い説明をしようとすると、部屋の外から「カッ、カッ、カッ……」と足音が聞こえてきた。

「……やはり待てなかったか。佐藤、開けてやれ。」

 佐藤上等兵は「やれやれ」と言いながらドアノブに手を伸ばすと同時に、ドアはひとりでに勢いよく開いた。

 ドアは佐藤上等兵の顔面に直撃し、鼻を抑えながら壁に寄りかかって悶絶している。

 「大丈夫ですか!?」

 思わず上等兵の下へ駆け寄り、ポケットに入っていたティッシュを差し出す。鼻血を出していたが、「大丈夫です、自分は平気です」と強がっていた。そうか、佐藤上等兵の素の自分の呼び方は「自分」か。なるほど。

 っと、そんなことはどうでもいい。

「ちょっとあんた!人が痛がってるんだから謝罪のひとつぐらい無いわけ!?」

 ドアを開けた人物に対して怒号をぶん投げる。

 そいつは私とだいたい同じぐらいの背丈をした白髪の青年だった。おそらくだが、同い年か1つ上ぐらいの年齢だろう。

 時代に似つかわしくない和装をしており、腰には刀を差していた。

 綺麗な顔立ちをしており、いわゆる「イケメン」の部類だ。もっとも、こんな最悪の初対面であればそれも台無しだが。

「ああ、すまん。ジジイがあんまりにもまわりくどい説明をするもんだから、苛立って力が入ってしまった。すまなかった。」

 悪びれ……はあった。けれど、なんとも礼に欠けたやつという印象だ。

「須藤!お前、隣の部屋で待ってろと言っただろう!」

「このままあんたに話させてたら日が暮れちまうからな。だから俺が説明しに来てやったんだよ。」

 確かに熊沢大佐の説明は回りくどかった。

 私に理解してもらうことを第一にしていることは分かったが、説明が長くなって結果的に分かりづらくなっては元も子もないだろう。

「大和めぐみとか言ったか。俺の名前は須藤武蔵だ。今後世話になる。よろしく頼む。それではなぜお前が戦わねばならないか、一言で簡潔に言おう。」

 武蔵は私の発言を待つことなく、すらすらと続ける。

「俺達が負ければ、この世界は消滅する。」

 ……おいおい、世界が消滅とかいよいよおとぎ話みたいになってきたぞ。

 まさかそんなことはない、こいつが勝手に夢物語を語っているだけだとも思ったが、熊沢大佐の方へ目をやると「うむ」と言わんばかりにゆっくりと首を縦に振っていた。

「さっき大佐が「無念を背負って死んだ者たちにやり直しをさせる儀式」と言ったが、早い話としてこれに参加する者たちは自身の出身国や地域、宗教、思想などで纏まって徒党を組んでいる。」

「そして、その徒党が勝利を収めた時、その国が「始まった」時点まで巻き戻り、歴史がやり直しとなる。結果として、今のこの世界は無かったことになり新しい歴史として再編纂されるわけだ。」

 ……つまり、今私達が生きている世界が巻き戻って無かったことになってしまうから、それを防ぐために戦おうということか。

「それだけではない。」

 ここで熊沢大佐が会話へ復帰。どうやら協力してほしい理由はこれだけではないらしい。

「やつらの力の根源は領土だ。今この国の領土は、やつらに密かに分割されている。」

「やつらはその土地のカネの動き、人口、天然資源を「威信」へと変換し、自らの力の糧とする。」

 威信。また新しい単語が出てきた。

「お前も異能が発揮された時に自らの力が異様に強くなっていたのを感じただろう。それは威信による変化であり、異能者の力の根源だ。」

 須藤が補足する。

 つまるところ、威信とは異能を持っている者が使えるエネルギーのようなものらしい。

「威信は敵を殺すなどの自らが挙げた功績によっても増えるが、その根源の多くは領土だ。威信は自らの力を強化するためだけでなく、ゲームの勝利にも直結している。2021年の六月二十六日正午十二時の時点で最も多くの威信を持っていた徒党の勝利となる。」

「ましてや威信を多く持っていれば、勝利に近づくだけでなく自らやその徒党の力を増加させることにも繋がる。」

 なるほど、話がつながってきたな。つまりはこうだ。

「つまり、より多くの領土を求めて争いが発生し、その争いに民間人が巻き込まれて犠牲者が出る。こういうことですか?」

「ああ、そうだ。」

 熊沢大佐は事実を苦し紛れに肯定した。しかし、そうなれば疑問が1つ思い浮かんでくる。

「なんで今すぐにでも殲滅しないんですか?一人ずつでも確実に拘束していけばいつか事態は収まると思うんですが。」

「それがそうはいかんのだ。」

 そうすると、熊沢大佐はこう例え話を始めた。

「例えばだが、今ここにいる四人がそれぞれ敵対していたとしよう。でここで私が須藤くんを攻撃したとしようて、この時大和くんならばどうするかね?」

「俺なら一人でもジジイぐらいなら殺せるけどな。」

「黙っとれ須藤。例え話の意味が分からんのか!」

 ふーむ。そうなると答えは2つだが、一概にどちらがいいか言えない。いっそのこと2つとも言ってしまおうか。

「……大佐と須藤くんが争ってる間に横槍刺すか、もしくは佐藤上等兵と協力して大佐の攻撃に備えますね。」

「そうだ。」

 ああ、そういうことか。下手に動けば一面敵。気がつけば文字通り四面楚歌になりかねないということか。確かにそれは避けたいところだ。

「加えてだが、君が出会ったロムルスのような化け物もいる。あやつらはこの手のような化け物を「列強」と呼称しているが、一応こちらも列強と呼ばれる一部の人物と友好関係にはある。しかし、やつらは友好な関係というだけで、味方というわけではあるまい。軍の総力を挙げても殺せるのか怪しいような化け物と、そう安易に敵対するわけにはいかんのだ。」

 なるほど。たしかにあんな化け物ばかり相手にしていては、命がいくつあっても足りない。私としても、このうなじの傀儡の紋章がある限りは迂闊に動くことができない。

「……して、ここまで長々と話していたが、私たちが君をここに留めている理由はただ1つだ。どうか、この戦いに協力してくれないだろうか。手は1つでも多いほうが助かるうえ、それが異能保持者ならば尚の事だ。」

「どうか、私等に協力してください!」

「……頼む。」

 須藤以外の二人が私に対して頭を下げてきた。私は「そんな、やめてください」と二人に言ったが彼らは頭を上げなかった。まあ、これが人煮物を頼む態度ということだろう。

 ふむ、しかし協力か。私としてもこのうなじの紋章をどうにかしないと平穏な生活を送れるという保証が無いし、世界がリセットされてなかったことになるということが本当ならば、何もしないよりは協力したほうが良いだろう。

 ましてや、向こうから見たら私は敵対者予備軍だ。

 ルイがしてきたように私が何かに利用されたり、敵対者候補を減らすために暗殺されるだなんてことも考えられる。

 どちらにしろ、私の日常が今までのような平穏のまま続くだなんて思わないほうが良いだろう。

 ここで協力すれば、そういった「無防備な状況」で危機に陥る可能性はぐっと下がるはずだ。私の保身を考えたうえでも、むしろ協力したほうが得となる。

「……わかりました、私としてももう協力する以外の手立てが残ってないので、ぜひ協力させてください。」

「分かった。恩に着る。では佐藤くん、あれを見せてやってくれ。」

「承知しました。」

 そう言うと佐藤上等兵は肩に担いだかばんからちょっとした参考書ぐらいはあろうかという分厚さの書類の山を私に差し出してきた。

「では大和くん。これが契約の内容やその情報を書き込むための一連の書類だ。期限は今日から一週間だ。一週間後の五月一日日曜日までに簡易書留で郵送するか、もしくはここ大蔵駐屯地の事務室まで直接持ってくるように。分からない内容があれば挟まっているメモ帳に書いてある電話番号に随時連絡しろ。」

「こ、この量すべてに目を通したうえでその記述を来週までに……ですか?」

「ああ、そうだ。まさか公的契約も無しに命を賭けようとしていたのか?お前が負傷したときの治療費の負担や死亡した際の遺族への補助、その他諸々契約を明らかに」

「わ、分かった!ありがとう。」

 須藤に横から割って入られた上で正論でぶっ叩かれた。

 まあ確かにそりゃそうだ。ここはファンタジーの世界ではなく現実。ぐちゃぐちゃに契約が絡み合って出来ているのだ。

 であれば、これも不思議なことではないのだろう。しかしこう、もっと手心と言いますか……。

「……まあ、早い話こうだ。大和くんは命を掛けるならば、我々はそれに相応しいだけの援助をしなければならないのだ。契約とは相互義務の明記だ。君が命を賭けておいて、こちらは何の援助もしないというのでは国の面子が立たんのだ。」

 まあ、確かにそうだ。であればこのようにな膨大な書類が発生するのも仕方がないのだろう。

 それはそれとして、最後に聞いておかねばならないことがある。

「今更の質問にはなりますが、結局のところイデオロジストってなんですか?」

「分からん。」

 即答された。みんな使っているから何か知っているのかと思っていたが、知らないのかよ。

「しかし、この単語が指す人々は君を含めた七人の現代勢力であることは分かっている。かくいう須藤くんもその一人だ。」

「えっ!?」

「……今更気付いたのか?未成年の一般人が普通はこんなところ立ち入れるわけないだろう。」

 こいつ、本当に正論しか言わないな。まあ私が悪いんだけども。

「そしてだが、君たち二人にはこれからバディで動いてもらう。」

「は!?」

 今度は先に声を上げたのは須藤の方だった。どうやらこんなこと聞かされてなかったらしい。

「何を言っている須藤。第一、君は常識に周りと差異がありすぎる。同い年の大和に教えてもらえ。」

 じょ、常識って。まあ確かにこの時代に腰に刀差してるやつに常識があるかと言われればそりゃ無いかもしれませんが。

「そしてだが、大和くんは大和くんの方で武蔵に訓練を頼め。いくら異能があるとはいえ、基本的な身体づくりや作戦時の動き方を理解しておかねば話にならん。もっと早くに発見していれば年密な訓練を組めたのだが、今は残り二ヶ月ほどしか時間が無いからな。その道だけには長けている須藤に頼めば間違いないだろう。」

 ま、まあ確かにそう聞けばお互いの欠点を補い合える良いバディなのかもしれない。

「そしてだが、訓練時や作戦時は上からの指示がない限り二人で動くように。」

「「えっ!?」」

 まさかの二人行動。これにはお互い驚きの声を隠さずにはいられなかった。

「ちょっと待てよジジイ!なんでこんなガキのアマと一緒に行動しなきゃなんないんだよ!」

「誰がアマですって?」

「ふたりともよせ。とにかくだが須藤、訓練メニューや教練書だけ渡してあとはほったらかしなんて真似はやめろよ。そして二人とも喧嘩するな。いいな?」

「……分かった。」

「……はい。」

 こうしてここに凸凹コンビが誕生した。今後が本当に心配でならないのは言わずもがなだろう。

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孤高のリヴァイアサン ~利己的な怪物は未来に何を見るのか~ ヘロドトスの爪の垢 @ARIKAMI

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