KAC20246 トリあえず

@wizard-T

好き物

「あーあ……」


 息子の嘆きようは本当に見ていられない。

 こんなしょうもないオッサンの事を慕ってくれる立派な息子の希望を叶えるべくここまで来たのに、私たちを呪うかのようにこの三日間、雨、雨、雨。

 せっかくの絶景は台無しだし、それこそ観光スポットを巡る事もできやしない。一応水族館ぐらいは行ってみたが、そんな物はおまけのおまけでしかない。


「お父さん…」

「まったく、本当に意地悪な空だな」

 私のスマホを握りながら空ばかり恨めしげに見ていた息子の横で、妻は温泉とグルメを満喫している。私も久しぶりに素晴らしい海鮮を胃に放り込んだが、気分はちっともよくならない。

「お父さんを犠牲にしてまでここに来たのに…」

「そんな」

「でも知ってるよ、ボク聞いたんだ。お父さんたちはみんな好きだって。だからお父さんの宝物だったんでしょ」

「昔は、ね」


 まったく昔の私は、どうしてあれを買ったのだろうか。

 そしてまるで家宝のように、そんなしょうもない物を厳重に保管していたのか。


 私たちの世代の男子は、みんなその四文字に触れて来た。

 世間からはそう言われるし、実際私もそうだった。

 そして今の今まで形を変えながら脈々と続くその流れに乗ったり乗らなかったりして、成長して来た。

 中には私の年になってもそれこそ彼らの存在を追い続け、文字通り神話のように崇め続ける人間もいるのだろう。


 


 戦争前から使われている宇宙戦闘機。地球でも運用可能とされている。主力兵器になる予定であったが戦争がはじまると性能不足が明らかとなり、実践投入される事なく姿を消した—————




 そんな聞くからにしょうもない、その四文字の単語からイメージされるそれとはまったく違う情けない兵器のプラモデルがそこにあったのは「他が全部売り切れていたから」でしかないだろうし、きれいなまま残っていたのは「その兵器があまりにも情けなさ過ぎて組み立てる気にもならなかった」からだろう。

 だがその代物を放り出した結果、二泊三日の温泉旅行をやっても余りある大金が返って来た。


「あなたは本当に優しい子ね、それなのにどうして鳥さんは…」

「母さん、母さんは父さんがずっと大事にしてた宝物を何だと思ってるの」


 息子は私が、身を切る思いであそこまでしたと思っているだろう。そして妻は私から宝物を奪った存在に見えているのかもしれない。

「ボクは知ってるんだよ、よそのパパさんが大事にしてた物をママさんが勝手に売っちゃった結果、パパさんが死んじゃったって」

「そんな」

 そして息子は、私よりもその手の事に詳しい。もっともその話自体は私も知っているが、それはあくまでも離婚されたであり死までには至っていない。


「大丈夫だ、私はそれほど愛着を持ってない。昔の思い出が少しでも高く売れればいいかなと考えてただけだ」

「ならいいんだけど…」


 裏表なき本音だが、それでも息子に伝わっている自信はない。

 今度息子を、また自腹でどこか鳥の見えるスポットに連れて行ってやろう。

「今度はお母さんがちゃんと払ってね」

「わかったわ…」

 もっとも、それができるかは別問題だが…。

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