第4話 十年前とは違う展開

 「雨夜さんって、部活何入るか決めた? あたしまだなんだよね」

 「えっ」

 始業式から二週間が経過し、新生活に慣れ始めている頃。私はなんとかソラと友達? になることができた。少なくとも毎日一緒に昼食を食べるくらいの仲にはなれた。

 私はてっきりソラは演劇部に入るものだと思ってたから驚いた。

 「ソ、は、白眉さんは決めた? 私はまだ……」

 「んー、あんまり興味あるところ無いんだよなぁ。今さら運動やってもなぁ、中学からやってた人に追いつけないだろうし、足遅いし……でも部活には入りたいんだよね」

 うんうん唸ってるソラは本気で悩んでいるようだった。

 十年前はどうだっただろうか。どうしよう、ロクに覚えていない。流石に十年前の記憶である+社会人で心が擦り切れたせいで学生時代自体の記憶が薄れてしまっている。

 でも、別にソラが演劇部に入らなきゃいけないわけじゃない。あくまでソラと友達同士でいられればそれでいいんだ。私はソラと同じ部活に入ろうと決めていた。

 「あっ、雨夜さん! ちょうどいいところに! ちょっといいですか?」

 「小鞠先生?」

 教室で昼食を食べながら入る部活を考えていたら、廊下側の窓から声がかけられた。ふわふわとしたウェーブがかった髪に眼鏡、小柄でほわほわした雰囲気の先生だ。彼女は小鞠先生。私たちのクラスの担任だ。

 そういえばこの人、どこかで見覚えがあるんだよな……。

 小鞠先生は窓からちょこんと私を見下ろす。小動物みたいな仕草で可愛い。

 「ちょっと職員室まで来てもらおうと思ってたんですけど、ちょうどよかったです。相談があって……」

 「えっ、なになに? 雨夜さんなんか悪いことでもしたの?」

 「そんなんじゃないよ」

 ソラがくすくすからかってきた。こうやって何気なく弄ってくれるくらいの仲になれたのか……とジーンとした。

 「その、雨夜さんの入試の結果の話で……」

 小鞠先生はソラをちらりと見る。テスト結果なんてセンシティブな話題、他人がいるところで軽々しく話してはいけないと考えているらしい。私は「白眉さんならいいですよ」と了承する。

 「雨夜さん、国語のテストが一番だったんですよ」

 「へっ!?」

 私よりソラの方が驚いていた。私は、あー、そうだったっけ、と思い出していた。昔から国語だけはやたらできたのだ。百点以外取ったことが無かった。

 「雨夜さんすごっ! なんでそんなことできるの!? せんせ、あたしは?」

 小鞠先生は苦笑するだけだった。

 「それでですね、雨夜さんのテスト答案を優秀答案としてお配りすることを許可していただけますか? 模範解答以外に、こういう考え方もあるんだよ、と……。特に自由記述が素晴らしかったんです。あそこを満点取れた生徒は雨夜さんだけだったので」

 「すごいじゃん! いいなぁ、あたし一番とか取ったことないからさぁ!」

 私よりソラの方が嬉しそうだ。良い子だ。

 「いいですよ、全然。バンバン配っちゃってください」

 「ありがとうございます! あと、これは雑談なんですけど……」

 雑談、と前置きしたのに小森先生は真剣な表情になった。

 「お二人とも、入る部活は決めましたか?」

 私たちは顔を見合わせて、同時に首を横に振った。「ちょうどその話をしてたとこです」とソラが付け加えた。

 「じゃあベストタイミングでしたね! 実は、お二人をうちの部の────演劇部の見学にお誘いしようと思っていまして」

 えっ、とソラが声を上げた。

 「白眉さんは言わずもがなですが、雨夜さんも素晴らしい文章能力を持っているので将来的に脚本を書いていただければと……あ、もちろん入部したらの話ですので! 無理にとは言いません! でも、まずは見学だけでも、と」

 「えー。雨夜さん、どうする?」

 まさか私に判断を仰いでくるとは思わなかった。

 「嫌……なの? 演劇部」

 「あたしは……演劇やってる人だったら多分あたしのこと知ってるし……ちょっと……気が引けるかな! いきなりプロが入っても白けちゃうでしょ!」

 あはは、とソラはどこか乾いた笑い声を上げた。

 「私は……。……ちょっと、考えてもいいですか?」

 小鞠先生は「もちろん」と屈託のない笑顔で応えた。

 「仮入部期間はまだあるので、ゆっくり考えてください。強制するものではないので、他に入りたいものがあったら是非そちらも検討してくださいね」

 そういうことなら、じっくり考えてもいいだろう。私は……どうしても、演劇部に即断即決しないソラの態度が気になってしまっていた。

 活動休止しているなら舞台に立ってはいけないのだろうか? 十年前は普通に立っていたのに……。それとも、何か別の理由が……?

 十年前とは違う展開に、私は戸惑い始めていた。

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