公園の美しい幽霊

七三公平

第1話 ホラー

プロローグ

(あらすじ)

 とある公園に、長い髪の美しい幽霊がいました。その幽霊は、ただそこにいるだけで害はありません。そんなある日のこと、転機が訪れます。公園に、小さい男の子の幽霊が迷い込んできたのです。

 美しい幽霊は、男の子の幽霊の小指に、自分の長い髪の一本を結びました。そして、男の子を公園の外へと送り出します。時間が経つと、男の子が戻ってきます。五人の男たちを引き連れて。男たちの体には、長い髪が巻き付いています。

 それを見て、美しい幽霊は男の子の小指と繋がっている髪の毛を切り離しました。途端に、髪の毛が男の子の幽霊へと集まっていきます。それは、引継ぎの儀式のようなものでした。

 美しい幽霊は、男の子の幽霊を身代わりとして自由になります。一方で、残された男の子の幽霊はというと、自分の役目を全うするのでした。


(導入)

 そんな噂が、この公園にも届いてきました。この話は、どこかの公園で起こっているかもしれない話です。誰かが、今もそこで待ち続けています。



本編

「ありがとう。来て、くれたのね。」

 その公園には、長い髪の美しい幽霊がいて、ずっと誰かを待ち続けていました。長い間、ずっと……その幽霊は待ち続けています。

 そして、公園に人が来ると、声を掛けるのです。


「ありがとう。来てくれたのね。」


 子供が公園で遊んでいる時、美しい幽霊は見ています。

 大人の男性が、公園のベンチで休んでいる時、美しい幽霊はその男性の近くまで来て、見ています。

 大人の女性が、公園に来た時、美しい幽霊は……まるで懐かしい友達にでも会ったかのように、そばに来て微笑み掛けます。


 それはそれは、とても美しい幽霊です。


 美しい幽霊は、ただ見ているだけでした。その公園からは、動こうとしません。ある時、子供の幽霊が公園に迷い込んできました。


「ありがとう。来て、くれたのね。」


 美しい幽霊は、小さい男の子の幽霊に、声を掛けました。小さい男の子の幽霊は、おどおどしています。

 どういう理由で死んだのかは分かりませんが、どこに行けばいいのか分からないようです。


「どうしたの? 迷子にでもなったの?」


 美しい幽霊が、優しく声を掛けます。男の子は、おどおどしながらも小さく頷きます。

 美しい幽霊は、自分の長い髪に手を掛けました。それから、髪の毛を一本掴みました。美しい幽霊は、その一本の髪の毛を、男の子の右手の小指に結びます。


「これは、お守りよ。この公園を出たら、なるべく人が多い方へと進みなさい。そうすれば、必ず見つかるわ。」


 美しい幽霊は、小さい男の子にそう言って、その背中を押したのでした。男の子は、美しい幽霊に言われた通りに、公園を出てゆき、歩いて行きました。

 男の子の小指に結ばれた美しい幽霊の髪の毛は、繋がったままどんどん伸びていきます。


 しばらくすると、男の子が公園に戻ってきてしまいました。男の子の小指には、美しい幽霊の髪の毛が結ばれているため、迷うことなく戻って来られたことでしょう。


 ただし、戻ってきた男の子は、一人ではありませんでした。男の子の他に、五人の成人男性がいました。二十歳前後の男性から、五十歳前後の男性までいます。

 五人の男性の体には、美しい女の幽霊の髪の毛が、ぐるぐるに巻き付いていました。


「あら、大変なことになっているわね!」

 美しい幽霊は、男の子と五人の男性を見ると、そう言って嬉しそうに笑いました。


 男の子は、どうしてこうなったのか分からずにいます。だから、この公園に戻って来たのでした。


 五人の成人男性は、幽霊ではありません。まだ生きています。しかし、魂を抜かれたように、虚ろな目になっています。


「う、うう……。」

 男性たちは、小さく呻き声を出すだけで、何も喋りません。美しい幽霊は、小さい男の子に近付くと、その頭に手を持っていって、髪の毛を撫でました。


「この人たちを、どうするのかは、あなた次第よ。」


 美しい幽霊は、男の子に言いました。

 まだ小さい男の子には、何のことだか分かりません。ただ、一つ確かなことは、男の子が幽霊だということです。死んでしまった男の子は、生き返ることはできません。


 美しい幽霊は、男の子の右手の小指まで、一本長ぁく繋がっている、その自分の髪の毛を、指先の爪で弾いてプツンっと切ってしまいました。

 その弾かれた勢いから、波でも生じたかのように、五人の男性たちをぐるぐる巻きにしている残りの髪の毛が、急に波打って動き始めます。


 波打つ髪の毛は、ぐるぐる巻きにして捕まえていた五人の男性たちから離れて、男の子の頭へと集まっていきました。

 それと同時に、長い髪の毛から解放された男性たちは、五人ともバタンと地面に倒れてしまいます。それを見ていた美しい幽霊は、倒れた五人の男性たちへと近付いて行きました。


「あら、五人とも生きているのね。かろうじて、生きているだけだけど。子供の幽霊には、それほど生命力が必要なかったということなのかしら。まあ、いいわ。」


 美しい幽霊が、ガッカリしたように呟きます。その眼差しは冷たいものでした。


 男の子の幽霊は、どうなっているかというと、美しい幽霊と同じように髪の毛が長くなっていました。もとは、美しい幽霊の一本の髪の毛だったものが、今は男の子の頭を覆う、豊かな長い髪の毛となったのでした。


 美しい幽霊は、どこからか出してきたハサミで、自分の髪の毛を肩のところで、なんの躊躇もなく切り落とし始めました。


 パサッ、パサッと髪の毛の束が、地面に落ちていきます。


 そして、美しい幽霊は最後に切った一束を、倒れている五人の成人男性の上に、放り投げました。


 男性たちの体の上に、長い髪の毛が落ちていきます。美しい幽霊の行動に、大きな意味があったかのように、五人の成人男性は目を開き、起き上がりました。

 その手には、長い髪の毛が握られています。男性たちは、ふらふらとした足取りで公園を出て、帰って行きました。


「フフフっ。あははははは! これで、私は自由よッ。長かったわ。」


 美しい幽霊は、高らかに笑い声を上げ、公園に響かせています。

 長い髪となった男の子の幽霊の方を、美しい幽霊が振り向きました。


「今日から、あなたがソレを受け継ぐの。その、誰だか分からない声で話し掛けてくる、気持ちの悪い髪の毛をね。あなたを一目見た時に、ピンときたわ。」


 美しい幽霊からそう言われて、男の子は小首を傾げるだけでした。この状況を理解するのに、男の子は幼すぎたのです。

 しかし、そんなことを美しい幽霊は、気にしていません。


 じきに、さっきの男性たちが、女性を連れて戻ってきました。男性たちの手に握られている長い髪を、まるで手を繋ぐように女性たちも持っています。


「この人にするわ。」


 美しい幽霊は、そのうちの一人の女性の後ろに立ち、肩に手を置きました。その女性に、美しい幽霊が憑りついたのです。


「私は、きっと幸せになるわ。あなたも、頑張ってね。」

 そう言い残して、美しい幽霊は去っていきました。


 公園には、美しい幽霊が切った長い髪が、たくさん落ちたままです。

 男の子は、どうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くしていました。


 夕暮れになり、朝になり、人が公園内に入って来て、思い思いに過ごしていきます。地面に落ちた長い髪の毛に気付かずに、人々はそこを自由に歩いて行きます。

 その足に、長い髪が絡まるのを、誰も気にしていません。


「んあーはははははっ! んあーはははははっ!」


 男の子が、急にケラケラと(赤ちゃん返りをしたように)笑い始めました。


 男の子の耳には、長い髪からの声が聞こえていました。そして、男の子は自分がやるべきことを理解していました。


 男の子の笑い声を合図にしたように、人々の足に絡まった長い髪の毛が、意図をもって人々の体に纏わりついていきます。


「んあーはははははっ! んあーはははははっ!」


 ほら、聞こえませんか? あなたの足元から、あなたの耳元から……。

「見つけて。早く、見つけて。早く、見つけてよ。」


「んあーはははははっ! んあーはははははっ!」

 今日も、男の子の笑い声が、公園に響いています。地面には、まだまだ長い髪の毛が散らばったままです。


「んあーはははははっ! んあーはははははっ!」

「見つけて。早く、見つけて。早く、見つけてよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

公園の美しい幽霊 七三公平 @na2-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画