トリあえず×4.5

源なゆた

トリあえず×4.5

「火事だ! 出ろ!」

 バタバタと、取るものも取りえず逃げ出す。

 必死に逃げた先で振り返ると、私達の家が、鮮やかに燃えているのが見えた。


「無事だったか」

 父が私に寄り添い、声をかけてくれた。

「ええ、でも」

 大切な思い出が、消えていく。生まれてからずっと暮らしてきた、家が。

「家族が無事なら、それでいい。また、やり直せば良いさ」

 確かに、父の言う通りだ。

「そう、ね。私、頑張る」

嗚呼ああ、父さんも、頑張る。……皆で、頑張ろう」

「はい」

 その『皆』は、いくらか散り散りになってしまっていたが、父さんが大きな声で呼び寄せた。 


「あなた、恥ずかしいから、それくらいにして」

 母さんもやってきた。弟達を連れている。ひい、ふう、みい……全員居る。良かった。一応逃げ出すところは見ていたから、大丈夫だとは思っていたけれど。

「はっはっは、久しぶりだから、つい張り切ってしまってな」

「もう、しょうがないんだから」

 父さん達は、わざと皆を笑わせようとしてくれているみたいだ。頼もしくて優しい、父さん。その父さんのことを愛し、私達を慈しんでくれる、母さん。

「おとなりさん達は、大丈夫だったのかな。それに、お兄ちゃん達も……」

 改めて見やれば、多少離れた周囲の家も、全滅だ。そのうちの、特に離れた一つは、既に別の家庭を持った、兄の家だった。

「そうだな……とりあえず我が家はみんなそろったことだし、一度、様子を見て回ろうと思う。ここで待っていてくれるか」

 ここ、というのは、家から最寄もよりの空き地だ。家の代わりには到底とうていならないが、燃えるものも無い。そして、水くらいならある。

 とりあえずここで待つ、というのは良い案に思えた。

「ええ、勿論もちろん

「気を付けてね、父さん」

「「「いってらっしゃい!!!!!!」」」

「行ってくる」


 父さんが颯爽さっそうと去り、私達は取り残された。父さんが情報を持ち帰るまで、特にやることはない。とは言え――

「「「おなかへった!!!!!!」」」

 弟達は成長に余念がない。私も少し前はこうだったのだろうか。お兄ちゃんにえたら、訊いてみようか。……母さんには、訊かない。母さんから見れば今でも大差無いとわかってはいても、改めて突き付けられるのは、また別の話だ。私にだって誇りというものがある。

「あらまぁ、それじゃあ、何か探して来ましょうね」

 母さんは弟達を甘やかしている。何か、と言える程のものなんて、ここには無いのに。

 いや、もしかしたら、あのかぐわしくもこうばしいが落ちている、なんてこともあるんだろうか。

 考えてみれば、あり得ないことではない。明るい時間帯にはがしばしば訪れるとされるのがこの空き地だ。噂にしか聞いたことはないが、もたらすことも、あるのかもしれない。もしそうなれば、取り合いだ。――今の私達には、夢のような話だけれども。


「今、帰ったぞ」

「「「おかえりなさい!!!!!!」」」

「「「おなかへった!!!!!!」」」

「ははっ、よしよし」

 思ったよりも考え込んでいたらしく、先程出掛でかけたばかりとも思える父さんが帰ってきた。弟達も元気に出迎えている。……父さんのように立派になれるよう、貪欲に食べるのもまた、幼い弟達にとっては一つの頑張りだ。母さんは……丁度ちょうど別のを探しに行っているところか。

「お帰りなさい、父さん。兄さんは……見つかった?」

「それがな……見つからなかった」

「そんなっ!」

「心配するな。あいつも一家の長、きっと大丈夫だ。ただ、今回たまたま逢えずじまいだっただけさ」

 父さんは、軽く羽ばたきながら、そう言った。

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トリあえず×4.5 源なゆた @minamotonayuta

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