何が食べたい?

川木

トリあえずって何?

「そうだなー、じゃあ、トリあえず、かな」

「なんて?」


 私、ロイが異世界転生して、前世の記憶を思い出してから20年。私がこの世界で生きてこられたのは幼馴染のハロがいてくれたからだ。ハロは私が前世との違いに混乱し戸惑い、受け入れられずに現実逃避をした時にも、ずっと傍にいて助けてくれた。


 ハロが言うには私のように違う世界の前世を持つ人は稀にいて、おかしなことではないそうだ。過去には国をつくった偉人も前世の記憶があったと言う。だからロイもいつか立派な人になるかもしれないよ。ハロはお気に入りの本を手にそう言って、この世界の文化になじめずできない私をよく励ましてくれていた。

 私たちがいたのは首都ではないけどド田舎でもない、ほどほどに栄えている辺境の街だ。ハロは学者の家の子で、お家にはたくさんの本があった。


 そんなハロが成人年齢となった。18で成人となるこの国では、だけどとっくに働いている人も多く、成人しても身内で祝うくらいで特別大きなイベントとしては扱われない。税金を払うのが自分自身になり、自分の判断で婚姻など役所的手続きをできるようになると言うだけだ。

 前世の記憶持ちかつ年上の幼馴染の私としては、成人は盛大にお祝いしてあげたい。と言うことで何でも奢るよ! 何が食べたい? と聞いたところの答えが、「トリあえず」だった。


「前に叔父さんが王都にいたときによく食べていて、世界一美味しくて仕事の疲れが吹っ飛ぶ大人の食べ物なんだって。どんなものかわからないんだけど、大人になったお祝いっていうことだから、食べてみたいなって」

「そ、そうなんだ」


 全然聞いたことない食べ物でてきた。トリあえず? この世界の言語はたまに日本語が混じっていたりすることもあり、鳥のことを日本語と同じ「とり」と発音する。鳥料理の可能性が高い。

 だが、あえず? 和え物はグルーと言うので違う。そもそもあえないってなに? とりにあえない。

 小鳥遊とかいてたかなしと読むように、鳥に会えないのは鳥が寄り付かないような食べ物と言うこと? 大人の食べ物と言ういい方も癖がある食べものにつかわれたりするし、ものすごく匂いがきつくて鳥が逃げていく?


「やっぱり無理だよね、王都は遠いし」

「いや、無理じゃないよ。一緒に王都に行こう」


 どんな料理??? で頭がいっぱいになって変な反応になってしまったけれど、ハロが不安そうになってしまったので慌てて否定する。どんなゲテモノだろうと、ハロが食べたいなら探そう。


「でも、仕事もあるでしょ?」


 もちろん仕事はある。ハロより年上の私はとっくに成人もしているし、税金も払っている。世間になじめなかった私は一人でなんとかやっていこうと悪戦苦闘し、ハロのアドバイスもありいろんなものを買ったり運んだり売ったりして、こまごまとお金を稼いでいた。

 その経験から、私はいずれは本格的に商売を生業にしていきたいとは考えていた。でもそれもハロが大人になるまで、本腰をいれて店を構えると言うことはしてこなかった。


「……ハロはさ、今までは私の仕事を手伝ってくれてたけど、成人するんだし、親の後を継いだり、するのかな?」

「え? ううん。私は……できたら、このまま、ロイの仕事を手伝って行けたらなって思うんだけど」


 勇気を出して尋ねたところ、ハロはちょっとはにかみながらそう言ってくれてほっとする。ハロの家はどこかの偉い人に雇われていて、何かの研究をしているらしい。ハロは知っているけど、その内容は守秘義務と言うことで私は何も知らない。家に行った時に書類とか見ていない。

 とにかくそんなハロなので、成人したらさようならの可能性も考えていた。だけど同性だし年下で恩人でもあるので告白するつもりはないけど、私はハロのことが好きだから。だからせめて仕事の付き合いだけでも、一緒にいたかった。


「じゃあさ、王都にも仕事をしながら行けばいいよ。それに、もし儲かるようなら王都か、そうじゃなくてもこの街以外で商売することも考えてたんだ。なんとなくではじめたけど、商売って時流をよんだり、時に流行をつくりだしたりもするよね。そう言うの面白いなって感じるし、ハロと一緒なら、もっともっと大きな商売ができるって思うんだ」


 ともあれ、ハロも私と一緒に仕事を続けてくれるつもりだったのだ。私は胸をなでおろしてついつい早口になってしまいながらそう言った。


「そう、そっか。うん。じゃあ、王都に行ってみようか。私も、ロイとなら仕事も楽しいし、王都でもやっていけるって思うから」


 と言うわけでハロを連れて旅だった。私の家族は前世の記憶をおもいだしたばかりで訳の分からないことばかり言っていた私をできそこないとしてほぼ無視していたのでいいとして、ハロの家族には挨拶していった。

 ハロの家族は個人主義の人が多くて、悪い意味じゃなくてクールなので無事についたら連絡をしてほしいと言うだけで快く送り出してくれた。


 王都はとても遠く、商売のタネがありそうだと思えばあちこち寄り道していたのもあり、成人の祝いと言いながら一年以上たってしまった。


「ついにここまで来たね。さっそくハロの食べたいトリあえずを探そう」

「そうだねー。でも急がなくてもいいから、とりあえず宿をとろっか」


 すぐに見つかるかと思ったトリあえずだけど、しかしそこらで聞き込みをしても知っている人はいなかった。商店エリアに拠点を据えてからも週に一度は外食をして聞き込みをした結果、ついにトリあえずを出すお店を突き止めた。


「ここだね。ついにここまで来たね」

「そうだね。叔父さんの生活圏をもっと考慮すればよかったね。ごめんね。手間をかけさせて」

「全然、おかげでたくさん伝手もできたし」


 外食店で知らない人に話しかけるのも目的の料理を見つけるだけだったそれは、いつのまにか話すきっかけとして王都での知り合いをつくり色んな情報収集に役立っていた。

 おかげで今があると言ってもいいだろう。漫然と王都に仕事をしにきてもここまで順調にはいかなかっただろう。人の縁とは不思議なものだ。


 王都は広くて、かつ貴族街や庶民街でエリアが分かれているだけではなく商店エリアや工業エリア、そのほかいろんなエリアにかなり住民が偏っていた。

 トリあえずは食べ物なのだからと飲食店で聞き込みしていれば問題ないと思っていたけれど、ハロの叔父さんも学者で学園街の講師として呼ばれていて、そのエリアの講師ばかりが利用する居酒屋でだけだされているメニューと言うのは予想外だった。

 学園街の飲食店も何度かは行ったけれど、今思えば学生向けの店ばかりだったので盲点だった。聞き込みであまりお金を使えなかったので仕方ない。


「すみません、トリあえずがほしいんですけど。二人分お願いします」

「あいよ。トリあえずにちょー!」


 と言うことで店に入って壁にあるメニューを確認して高額商品でもなかったのでさっそく二人前注文したところ、やってきたものをみて驚いた。


「こっ、これは、ビール!?」

「おや、お客さん、知らないで注文したのかい?」


 店員が言うには、ここはかつて学園長であった人が支援して作られた料理店で、その学園長はこの店に来ると必ず最初にエールを頼むのだけど、その時に「トリあえずナマ」と言って頼むことからこの名前が付いたそうだ。

 その学園長、私と同じ世界の前世持ちでは??


「ただのビールだったんだね」

「そうみたいだね、もう何度もロイにおごってもらってたね」

「まあ、とりあえず、乾杯しようか。成人おめでとう、ハロ、乾杯!」

「ありがとう、乾杯!」


 乾杯して飲みあう。美味しい。ちゃんと冷やしてあって染みる。


「いやー、この展開は予想してなかったけど、でも、まあ結果オーライだね。変な食べ物じゃなくてよかった。食べ物はなに頼む? ハロはお肉が好きだから、あ、これは? どて煮」

「どてニ?」


 あ、これもか。


 こうしてハロの成人祝いはようやく終わった。


「ハロ、改めて成人おめでとうね」


 家に帰って、これで目標達成だ。そう思って、寂しくなって引き留めるように言葉がついてでた。そんな私にハロは笑う。


「あはは、何回言うの。ありがとう。でも、もう20すぎてそれ言われるの、恥ずかしいからもうやめてね」

「わかった。……あのさ、ハロ。これからなんだけど、成人祝いは終わったけど……その」


 今までずっとお休みの日もハロと一緒に、トリあえずを探すために一緒に出掛けていた。だけどこれでその理由はなくなってしまう。もう誰かに聞いて回る話のネタもない。

 だけど、これで終わりは嫌だった。仕事は一緒だし、職場と住居兼用なので休日でも毎日顔を合わせる。だけどそれだけじゃなくて、これから休日は別行動、となるのは寂しかった。これからも、毎日ずっと一緒がよかった。ここまで一緒にやってきて、前よりずっと、ハロのことを好きになっている。いつかハロが誰かとくっつくのは仕方ないにしても、せめてそれまでだけでも一緒にいてほしい。


 地元にいた時はハロは学生だから街からでなくて、仕入れなんかで街を離れる時は別行動だったから、街にいる時は自然に一緒にいてくれた。

 でもさすがのハロも、今の環境だと理由もなく休日も一緒に行動はしないだろう。だけど、何を理由にすればいいだろうか。私はただ、一緒にいたいと言う気持ちしかでてこない。


「……今度の目標だけどさ」

「え、あ、うん! 何にしようか」


 迷いうつむいてしまう私に、ハロはそう言葉をついでくれた。それだけで、ハロも同じ気持ちなんだと思って私はぱっと顔をあげた。


 ハロは私と目が合うとどこか照れたようにはにかみながら、優しい声音で言った。


「そろそろ、結婚、しよっか」

「えっ……え? うん? ……うん、しよっか……?」


 私は極限まで混乱しながらとりあえず頷いた。あまりに都合がよすぎて夢かな? と思いつつ、夢だとしても肯定するしかない問いかけだったからだ。するとハロはぱっとトリあえずの店を知った時より輝く笑顔になって、強く私を抱きしめた。


 この後、同性でも結婚できるし、そもそも街を出る時点の親への挨拶もそうとしか思われてないと知り、今更冷や汗がでてきたりするのだけど、それは日付が変わってからの話だ。


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何が食べたい? 川木 @kspan

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