第19話「アリシアとティーナに事情を話す(2)」

 ──そんなことを、俺はアリシアとティーナに話した。


 ふたりとも、無言だった。

 俺の世界の話だからな。異世界のふたりが聞いても、イメージがわかないよな。

 

「どなりこんで来た連中は、俺がいきなり消えてびっくりしてるんじゃないかな」


 俺は一口お茶を飲んでから、話を続ける。


 俺が召喚しょうかんされたとき、父親の配偶者はいぐうしゃはドアの外でわめいてた。

『あんたがいなければいい』『死んじゃえ』とか。

 大声だったから、まわりの部屋の人たちにも聞こえていたはずだ。


 その状態で俺が世界から消えたら……たぶん、誘拐ゆうかいを疑われるだろうな。

 俺があの連中とトラブルになってるのは、みんなが知ってるわけだし。


 たぶん、警察の事情聴取じじょうちょうしゅくらいは受けてるんじゃないだろうか。

 地位のある連中だから、なんとかごまかせたのかもしれないけど。


「長い話になったけど、俺の事情はこんな感じだ」


 俺は言った。


「さっきも話したとおり、俺は王家の血は引いていない。ただ、名家の人の血は引いてるから、それが転移するときに『王位継承権』というスキルを生み出したんだろうと思うよ……って、あれ? アリシア」

「なんと無礼な女性でしょう。コーヤさまにそのような口を利くとは」


 いきなりだった。

 アリシアがテーブルをたたいて立ち上がる。


「『幻影兵士ファントム・ソルジャー』をお貸し下さい! わたくしがコーヤさまをののしった者たちを討伐とうばつして参ります! 許可を!!」

「ティーナも同じ気持ちなの! 精霊たち! 全員集合!!」



「「「「はーい! ティーナさま──っ!!」」」」



「マスターの世界に渡る方法を探して欲しいの。王家か……そこに仕える魔法使いなら知っているかもしれないの。聞き出して、異世界に渡るの! そしてマスターの敵を殲滅せんめつするの!!」


「「「「りょうかいしましたー!!」」」」


了解りょうかいしなくていい! そういうのはいいから!!」


 俺は慌てて声をあげた。

 アリシアとティーナと精霊たちの顔が、真剣そのものだったからだ。


「でもでも、コーヤさま……」

「マスターを罵ったものを、ティーナは許せないの!」

「いいんだってば。もう」


 俺はアリシアとティーナの手をつかんだ。

 ふたりはまゆをつり上げてる。

 本気で怒ってくれてるのが、わかった。


「いいんだってば。あんなに簡単にこわれる居場所に、未練はないから」


 もとの世界の上司や同僚は、親会社の関係者にビビって、俺を切り捨てた。

 アリシアとティーナは違う。

 ふたりは誰かを敵に回したとしても、俺の共犯者きょうはんしゃでいてくれる。

 それがはっきりとわかった。


 だから、もういいんだ。


「俺はこの世界に居場所を作るよ。のんびり暮らせて、簡単には壊れない居場所を」


 俺はふたりの目を見つめながら、告げた。


「力はそのために使おうよ。もちろん、怒ってくれるのはうれしいけどね」

「……コーヤさまが、そうおっしゃるなら」

「……マスターのお言葉に従うの」


「「「「わかったのですー」」」」


 アリシアとティーナが、しゅん、となる。

 精霊たちもみんな頭を下げてる。わかってくれたみたいだ。


「俺の身の上話はここまでだよ。聞いてくれてありがとう」


 正直、面白い話じゃなかったと思う。


 俺がいた会社も『君が必要だ。だから限界までがんばろう』って言ってたはずなのに、結局、トラブルが起きたら俺を切り捨てた。

 同僚も、上司も、俺をいないものとしてあつかった。


 あの場所は、いわゆるブラック企業だったんだろうな。

 夢中で働いてると……気づかないもんなんだよな。


 両親のことは、正直……今も割り切れてない。

 ふたりが大恋愛していたのはわかる。


 母さんは、俺の父親のことを考えて身を引いた。

 俺の父親も、ずっと母さんのことを引きずってた。


 だからって父親のやりかたは雑すぎる。

 死の間際に俺を自分の子どもだって認知にんちして、遺産を譲るなんて言い出したら、トラブルになるのなんて当たり前だ。


『遺産がある』と言われても、全然うれしくなかったからな。

 実感もなかった。

 知らない人の遺産をもらっても大丈夫か……って不安だらけだった。

 というか、面倒だから拒否したかった。


 俺の……会ったこともない父親は、なにを考えていたんだろうな。

 母さんへの愛にじゅんじるのはいいけど……まわりの迷惑も考えて欲しい。

 そのせいで俺はあんたの配偶者にカチコミを受けて、仕事を失ったんだぞ。


 俺や母さんに関わらないって決めたなら、最後までそれを貫けばよかったんだ。

 なんで人生の最後に、過去の大恋愛にまわりを巻き込んでるんだよ。まったく。


 おかげで俺は……すっかり恋愛ものが嫌いになったじゃねぇか。

 小説も映画もアニメも、恋愛が絡んだものは楽しめなくなった。父親のことが頭にちらつくからだ。

 恋愛や結婚にまつわるトラブルって……当事者になるもんじゃないよな……。

『女性は男性のことを思って身を引き、男性は死の間際に本当に大切なものを思い出した』って、いい話ではあるんだけどな。遠くで話を聞いてる分には。

 ……まったく。


「いや、過去のことより、灰狼侯爵領のこれからのことだ」


 俺はかぶりを振って、気持ちを切り替える。


 北の荒れ野はこれから農地と牧草地にできる。

 南の山岳地帯の魔物はくした。

 砦に常駐じょうちゅうする人は減らせる。人手の問題も、これで解決する。


「あと、気になるのは……海かな」


 灰狼領はいろうりょうの東側には海がある。

 年がら年中荒れていて、冷たい風が吹いている海だ。


 あれも、なんとかできないかな。


「そういえば海がずっと荒れてる原因ってわかる?」


 俺はふたりにたずねた。


「土地の魔力の乱れが魔物を呼ぶなら、海の魔力の乱れが嵐を呼ぶこともあるんじゃないか?」

「可能性はあります。書物を調べてみますね」

「ティーナも精霊たちと一緒に調査するの!」


 アリシアとティーナが手を挙げる。


 海がおだやかになれば、漁に出られるようになる。

 魚が捕れれば、食糧しょくりょう問題は一気に解決する。

 海路も使えるようになる。他の土地と、交易もできるようになるだろう。


「それじゃ、アリシアは海にまつわる記録を探して欲しい。ティーナと精霊たちは、海の方の魔力を調べてみてくれ。なにか異常があったら、実際に出向いて調査してみよう」

「承知しました。コーヤさま!」

「了解なの!!」


 今後の方針は決まった。

 これからしばらくは、落ち着いた生活が続くはず。

 その間に、海の方をじっくりと調査してみよう。





 そんなことを話し合ってから、数日後。





「失礼いたします! 街道に、黒熊侯爵家こくゆうこうしゃくけの使者が現れたとの報告がありました!」



 俺たちのもとに、新たな報告がもたらされた。



黒熊侯爵こくゆうこうしゃくゼネルス=ブラックベアさまが灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうを訪問されるとのことです。いかがいたしますか。アリシアさま。アヤガキさま」

黒熊候こくゆうこうが?」

「5日後にお屋敷を訪問されると通告されております」


 ……通告か。

 ということは、拒否はできないんだろうな。

 黒熊候は灰狼候の上にいるわけだから。


「わかりました。準備をしてください」

「承知いたしました」


 アリシアが答えると、伝令を持ってたメイドさんは退出する。

 それから、アリシアは俺を見て、


「黒熊候が動き出したようです。おそらくは──」

「魔物が、あっちの領地に出るようになったんだろうな」

「はい。それで、こちらの様子を確認に来るのだと思います」


 南の領境の魔物は追っ払ったからな。

 魔物は餌を求めて、黒熊候領に向かったんだろう。

 実際はこっちの領地に押しつけられてた魔物を返したようなものなんだけど。


「マスター。『ギガンティック・ストーンウォール』を消す?」


 ティーナは言った。


「壁をなくして結界も消せば、マスターの力を隠せるの」

「それだと……同じことの繰り返しになりそうだな」


 防壁と結界を消せば、黒熊候をごまかすことができる。

 こっちは黒熊候こくゆうこうが帰ったあとで、また防壁と結界を張ればいいだけだ。


 ただ、黒熊候が監視の者を送り込んでくることも考えられる。

 そうすると面倒なことになる。


「しょうがない。別の方法を考えよう」


『王位継承権』の存在がバレたときのことは考えてた。その対策も。

 そっちを使おう。


「アリシア、ひとつ聞いてもいいかな?」

「は、はい。なんでしょうか?」

「歴代のランドフィア王家のことなんだけど、王子や王女で、この条件に合う人は……」

「…………それでしたら、父上に聞いた方が」

「…………ティーナも興味があります」

「…………それじゃ一緒に相談を」



「「「…………ひそひそ」」」



 それから俺たちはアリシアのお父さん──灰狼候のレイソンさんを交えて、打ち合わせをした。


 そして、いくつかの修正を加えた上で、計画を実行することになったのだった。



──────────────────────


 次回、第20話は、明日の夕方くらいに更新します。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る