第12話「農地の開拓をはじめる」

 ──コーヤ視点──




 精霊たちは『「幻影兵士ファントム・ソルジャー」は怖くない』と言ってくれた。

 だから俺は屋敷やしきに戻って、『幻影兵士』を連れてきた。

 農地開拓のうちかいたくの実験をするためだ。


 精霊たちに無理はさせたくない。

 強引に働かせるのは、俺のやり方じゃないからな。


 まずは『幻影兵士』を遠くに置いて、精霊たちの反応を確かめるつもりだったんだけど──



「──『幻影兵士ファントム・ソルジャー』がいらしたです!」

「──精霊王さまの分身なのですー!」

「──好き好き。好きー!」



 精霊たちは大喜びで『幻影兵士』に飛びついた。ぜんぜん恐がってない。

 アリシアはどんな説得をしたんだろう……?


「あの、ティーナさん」

「はい。マスター」

「ティーナさんは精霊たちと繋がってるんですよね? アリシアがどんな説得をしたかわかりますか?」

「んーっと。あのね……」


 ティーナは、少し首をかしげてから、


「アリシアさまは『「幻影兵士ファントム・ソルジャー」は、マスターの分身』って言ったみたい」

「『幻影兵士』が俺の分身?」

「そうなの。『幻影兵士はマスターのスキルと魔力で動いてるから、マスターの分身』って。ドキドキするのは怖いからじゃなくて、マスターが好きだからって教えたみたい。それで精霊たちも、納得したの」

「アリシアがそんなことを……」


 さすがアリシアだ。

 彼女はたくさんの本を読んでる。精霊王の伝説にも詳しい。

 だから精霊たちが納得する説得方法を思いついたんだろう。


 そのアリシアは優しい表情で、『幻影兵士』とたわむれる精霊たちを眺めてる。

 彼女も『幻影兵士』を恐れてないみたいだ。

 アリシアは本当にすごいな。

 彼女が俺の共犯者きょうはんしゃになってくれてよかった。


「ありがとう。アリシア」

「は、はいっ!? な、なんでしょうか。コーヤさま」


 アリシアに近づいて声をかけると、彼女は真っ赤な顔で振り返る。


「アリシアが精霊たちを説得してくれたんだよね?」

「い、いえ。わたくしは精霊さまに『幻影兵士』は怖くないと、体験談をまじえて説得しただけです。おかしなことは言っておりません! 本当です!」

「わかってるよ。俺はただ、お礼を言いたかっただけだから」

「は、はいぃ……ありがとうございます」


 アリシアは頬を押さえて、うつむいてしまった。


「それじゃ、草原の開拓かいたくを始めよう」


 俺は精霊たちに向かって告げた。


「まずは雑草ざっそうを取るところからかな」

「「「はいはいー! 小さい雑草なら『農業の精霊』が除去できるですー!」」」


『農業の精霊』たちが前に出た。

 彼女たちが手を挙げると──草原に、風が吹いた。

 渦を巻く強い風だ。それが雑草に絡みつき、引き抜いていく。

 だけど──


「……大きい草は残っちゃうみたいだね」

「精霊さまは、あくまでも人のお手伝いが役目ですからね」


 細かいところは、人力でなんとかしなきゃいけない。

 よし。ここからは『幻影兵士ファントム・ソルジャー』にやらせよう。


「『幻影兵士』に命じる。草むしりをやってくれ」

『『『ルゥ! ルゥラララライイイイイイィ!!』』』


『幻影兵士』が動き出す。

 彼らは左右を見回して、地面に生えた雑草を発見する。

 腕を伸ばして、それをつかむと──



 ぶちっ。



『幻影兵士』は、草の上半分を引きちぎった。

 根っこのところは残ったままだった。

 ……『幻影兵士』は戦闘用のゴーレムだから、農作業は向いてないのか。


「力を入れすぎなのですよー」


『農業の精霊』が『幻影兵士』の側にやってくる。


「根を残したら意味がないです。全体をつかむようにして、ゆっくりと引き抜くです」

『……ル、ラァラララィ?』

「わからないですか。うーん。えっとですー」


 ふわりと、『農業の精霊』が『幻影兵士』の頭の上に降り立つ。

『幻影兵士』のフードをつかんで、耳元に語りかける。


「言葉か魔力でお話できないですかー?」

『ルルゥ?』

「『幻影兵士』さんに、私の言葉がわかればいいですのにー」


 ……精霊の言葉を、『幻影兵士』が。

 それなら──



「コーヤ=アヤガキが『幻影兵士ファントム・ソルジャー』に命じる。精霊たちの言葉と魔力を受け入れよ」



 俺は宣言した。


「ここにいる『幻影兵士』は精霊たちの指示に従え。彼女たちの意思や魔力を感じ取り、その使い魔となるのだ。できるか?」

『ルゥォオオオオオオ!』

「『農業の精霊』は『幻影兵士』に乗って、魔力を注いでくれ。その上で『幻影兵士』に草むしりのやり方を指導してみて」



「「「しょうちですー! とぉっ!!」」」



 気合いとともに、『農業の精霊』が『幻影兵士ファントム・ソルジャー』に搭乗とうじょうした。


 肩に乗ったり、頭に乗ったり、背中にしがみついたり。

 まるで、ロボットに搭乗とうじょうしてるみたいだ。


 その状態で精霊たちは、草むしりの指導をはじめる。

 俺が命じた通り、言葉と魔力で、情報を伝えているみたいだ。


 その後、動き出した『幻影兵士』は──



 しゅ、しゅしゅしゅしゅしゅしゅっ!



 すごい勢いで、草むしりをはじめた。


『幻影兵士』は言葉と魔力に反応する。

 精霊たちとくっつけば、彼女たちとリンクして動いてくれると思ったんだけど、その通りだったみたいだ。


「精霊たちってすごいなー」

「いえいえいえいえ!」

「これは精霊だけの力じゃないの!!」


 アリシアとティーナは興奮こうふんした表情で、


「精霊たちは農業のお手伝いをしてくれます。ですが、それはあくまでも指導するだけだと、書物には書いてあるのです!」

「精霊がくっついた相手が、こんなふうになったりはしないの」

「これはコーヤさまのお力ではないでしょうか……」

「ティーナも同感なの!!」

「俺の力?」


 いや、どう見ても精霊たちの力だと思うんだけど。


『農業の精霊』は『幻影兵士』の肩や頭にしがみついて指示を出してるし。

 精霊をくっつけた『幻影兵士』はなめらかな動きで除草作業をやってる。


「これは俺じゃなくて、精霊の力だと思うぞ」

「精霊さまと『幻影兵士』を結びつけたのは、コーヤさまのお力です」


 アリシアは真面目な顔で、


「『幻影兵士』はコーヤさまの命令と魔力を感知して動いております。つまり、コーヤさまの一部を取り込んでいるわけです」

「そして精霊たちは、精霊王と魔力的に繋がってるの」


 アリシアの言葉を、ティーナが引き継いだ。


「たぶん精霊と『幻影兵士』はマスターを介して、おたがいに繋がったのだと思うの」

「わたくしも同意見です」

「それで『農業の精霊』が持つ農作業の知識が、『幻影兵士』に伝わって──」

「『幻影兵士』が素早く草むしりをできるようになったのではないでしょうか」


 ……そういうことか。


 もとの世界風に考えると、『幻影兵士』というハードに、『農業の精霊』というアプリをインストールしたような感じかな。


 本来はシステムが違うからインストールできないけど、今は俺が、ふたりの間に入ってる。

 互換性ごかんせいのない精霊と『幻影兵士』の言葉と魔力を、たがいに理解できるように、俺が変換へんかんしている……ってことか。


 それで『幻影兵士』は精霊を受け入れることができるようになったんだろう。

 どちらも俺の部下だってことは変わらないわけだし。


 だから、『幻影兵士』と精霊たちの相性がよくなって──



「「「草むしりのあとはたがやすですー! うりゃうりゃうりゃうりゃ──!!」」」

『『『ルゥゥゥウウウラララララオオオオオオオオオ!!』』』



 ザクザクザクザクザクザクザクザクッ!!



 ──精霊が持つ農作業の知識を、『幻影兵士』も使えるようになったんだ。


 くわを手にした『幻影兵士』は、すごい勢いで地面を耕してる。

 この分だと、あっというまに草原を田畑にできるんじゃないだろうか……。


「無理しないようにな。急ぐ必要はないんだから」

「「「はーいっ!」」」

『『『ルゥルゥウウウウウ!!』』』



 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクッ……!



「「「さすが精霊王さまの分身なのです! 『幻影兵士』さまは、とってもパワフルなのですー!」」」

『『『ルゥゥ! ウァラララララライイイイイィ!!』』』



 ……精霊も『幻影兵士』も、めっちゃ楽しそうだ。


 とにかく、『幻影兵士』が『農業の精霊』の力を借りられるのはわかった。

 これは色々と応用ができそうだ。

 他の精霊たちも同じことができるか、あとで実験してみよう。


「──精霊王さま」


 そんなことを考えていると、別の精霊が声をかけてきた。


「私たちも、お手伝いをしたいのです」

「働かせてくださいー」

「できること、ないですかー?」


 精霊たちは、ぱたぱたと手を振りながら、俺のまわりを飛び回ってる。

 自分たちもお手伝いをしたくなったらしい。


「それじゃ、さがし物をお願いできるかな?」



「──はーい!」

「──しょうちなのです!」

「──なにを探せばいいですかー?」



「初代大王のマジックアイテムを」


 俺は言った。


 灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうにはマジックアイテムが配置されていた。


 侯爵領こうしゃくりょうの境目と、アリシアの屋敷やしきに配置された兵士──『不死兵イモータル』。

 俺とアリシアとレイソンさんにつけられた『首輪』。

 精霊たちを封じ込めるためにめられた、『造反者ぞうはんしゃ墓標ぼひょう』。


 王家はマジックアイテムで、灰狼はいろうの人々や精霊たちを封じ込めていた。

 あいつらはそれだけ、灰狼侯爵領を警戒してたのだろう。


 だったら、他にもマジックアイテムがあるかもしれない。

 例えば海が荒れてるのも、灰狼領に魔物がよく来るのも、初代大王のマジックアイテムのせいかもしれない。

 このあたりの土地も『造反者ぞうはんしゃ墓標ぼひょう』のせいで荒れ野になってたんだから。


 他にもマジックアイテムがあるとしたら……それを無効化すれば、灰狼侯爵領をもっと住みやすい場所にできるかもしれない。


「精霊たちは、魔力の流れを感じ取れるかな?」


「「「感じ取れますー! びんかんなのです!」」」


「じゃあ、土地の魔力が吸い取られてたり、おかしくなってたりする場所を探してくれ。そこに初代大王のマジックアイテムがあるかもしれない。見つけ出して、取り除きたいんだ。いいかな?」


「「「わかりましたー!」」」


 ……あれ?

 返事はしたけど、精霊たちは動かない。

 空中にふわふわと浮かんで、なにかを待ってるみたいだ。


「──精霊王さまー」

「──命令するときは、正式にお願いします」

「──そうした方が、働きやすいですー」


「……正式に?」

「『精霊王コーヤ=アヤガキの名において』と、名乗って欲しいの」


 教えてくれたのはティーナだった。

 彼女は俺の手を握って、じーっとこっちを見てる。


「マスターはお父さまから精霊王の地位を受け継いだ……ティーナたちの主君だから」

「あ、そういうことですか?」

「……敬語もいらないの」

「……そういうことなんだ?」

「そういうことなの」


 恥ずかしいけど、しょうがないか。


「精霊王コーヤ=アヤガキが命じる。精霊たちよ。灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの魔力を乱すマジックアイテムを見つけ出し、その場所を俺に報告せよ」


 俺は杖を手に、精霊たちに命令した。


「「「しょうちなのですー!!」」」


 そうして精霊たちは飛び立って行ったのだった。







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 次回、第13話は、明日の夕方くらいに更新します。


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