第10話「精霊王継承の儀式に立ち合う」
──コーヤ視点──
次の日の朝。
俺は部屋で、
どうやってここを住みやすい場所にするか、考えるためだ。
「精霊たちが手伝ってくれれば、領地の人の仕事は減るはずだけど……」
それでも、人手が足りない。
灰狼侯爵領は人口が少ない上に、魔物対策に人手を取られているからだ。
アリシアは『灰狼侯爵領は農地に向いた場所が少ない』と言っていた。
それは、北の荒れ野が豊かになれば、
あの地が荒れ野だったのは、『
でも、あのマジックアイテムは俺が無効化した。
魔力が戻れば、土地は豊かになる。農業や
問題はその後だ。
土地を
それをどうやって確保するかを考えなきゃいけない。
ちなみに、昔もっと人手不足だったらしい。
先代の
黒熊侯爵の部下はその権力を利用して、若い男性を自分の領地に連れていった。
──
──それは王家より
──ゆえに、黒熊候に逆らうのは、王家に反逆するに等しい。
──逆らえば
それが、黒熊侯の言い分だった。
黒熊候の要求を拒否するようになったのは、アリシアのお父さんの時代になってからだ。
一度だけ、黒熊候が正式な契約を結んで、灰狼の兵士を借りたことがあるらしい。
それは『灰狼の兵士を傭兵として雇い。対価として金銭と食料を支払う』というものだった。
その契約を信じて、灰狼の兵士たちは黒熊領で魔物と戦ったそうだ。
だけど、約束は守られなかった。
兵士の家族に払われるはずの給与と食料は、灰狼領に運ぶまでの間に
実際に渡されたのは、約束の4割程度だった。
輸送したのは黒熊領の兵士だったけれど、その人は帰り道で事故死した。
そのせいで、金の行方もつかめなくなったらしい。
アリシアのお父さん──灰狼候のレイソンさんが抗議したけど、約束の7割を払わせるのが限界だった。
それからの灰狼侯爵領は、黒熊侯爵領とは
「……王家も
本当なら、黒熊侯爵領が兵を借りる必要なんかない。
あっちの方が土地が豊かで、魔物も少ないんだから。
なのに灰狼侯爵領の人材を使いたがる理由は……。
「灰狼の人たちを見下してるからだろうな。たぶん」
それは、俺を灰狼侯爵領まで送った兵士の態度からもわかる。
彼らは灰狼侯爵領に住む人たちを見下していた。そこに送られる俺のことも、たぶん。
一般の兵士がそんな感じなんだ。トップにいる黒熊侯爵も、似たようなものだろう。
放置している王家も、ろくなもんじゃないよな……。
それでも、俺があいつらに対して、できることはない。
とにかく、まずは魔物対策をしよう。
魔物が減れば、兵士になっている人を休ませられる。
人々に農業や
そうすれば、生活はもっと楽になると思う。
せっかくアリシアが俺の
これからも協力してもらえるように、メリットを提示しておかないと。
「元の世界のような目にあうのは、二度とごめんだからな」
あっちの世界での俺は、人の言葉に振り回されてばっかりだった。
「
俺自身は、なにも変わらなかったのに。
俺自身も知らなかった親のことが明るみに出たとたんに、まわりの態度が
もう、思い出したくもないけど。
だけど、アリシアは俺のスキル──『
俺を利用しようともしなかった。
スキル『王位継承権』を持つ俺が側にいるのは、彼女にとってのリスクだ。
『王位継承権』を持つ異世界人なんて、王家にとっては真っ先に殺すべき相手だからな。
なのにアリシアは……俺の共犯者になることを受け入れてくれたんだ。
借りは返そう。
ここを住みやすい場所にして、アリシアたちが安心して暮らせるようにしよう。
そうすれば俺ものんびりできる。
できれば……早期リタイヤして、釣りでもして過ごしたい。
もとの世界では仕事ばっかりで、そんな余裕なかったからな。
ついでに言うと、
この世界では趣味を楽しみながら、ゆとりある生活を送ってみたい。
もとの世界の雑誌に書いてあったからな。『自分の時間を大切に』とか『ゆとりあるスローライフを』『趣味に時間を使ってみませんか』とか。
あの世界の勝ち組っていうのは、そんな生活をしてたんだろう。
俺はこの世界でそれを実現しよう。
そんな決意を胸に、俺は資料を読み続けるのだった。
それから俺とアリシアは、
場所は『
そこで俺たちはジーグレットたちと会うことになっていたんだけど──
「……荒れ野が、緑の野原になってる?」
「……す、すごいです。一晩でこんなに変わるなんて」
俺たちの目の前に広がっているのは、広い草原だった。
草のにおいがする。
北からは、温かい風が吹いてくる。
昨日まで、ここは荒れ地だった。
今は違う。
地面はほんのりと温かくて、優しい草が、俺とアリシアの足をくすぐってる。
ここでピクニックしたら気持ちがいいだろうな。
北の方には林がある。
たくさんの樹木の間には、天まで届きそうな大樹が生えてる。
これも、昨日まではなかったものだ。
大樹の真ん中には大きなうろがあって、そこから──
「──おはようございますー!」
「──コーヤさまとアリシアさまなのですー!」
「──おまちしてました! 大歓迎なのですー!!」
──たくさんの精霊たちが飛びだしてきた。
なるほど。
あの樹は精霊たちの
「今日からよろしくお願いするのです!」
「お手伝い、なにをすればいいですかー!?」
「
「わ、わわっ。ちょっとお待ちください。精霊さま!」
精霊たちにまとわりつかれたアリシアは、楽しそうに笑ってる。
一緒に
ちなみに俺の方は、精霊たちが服にくっついて、
眠ってる子もいる。
俺にくっつくと落ち着くらしい。
「本当にすごいな。昨日とは違う場所みたいだ」
「精霊王さまが復活しただけで、まったく違う場所になるのですね……」
アリシアは目を輝かせてる。
「草原の南側は
「魔物が来ぬように結界も張っておいたぞ」
声がした。
気づくと、精霊王ジーグレットが近くまで来ていた。
精霊姫のティーナさんも一緒だ。
「草原は自由に使ってもらって構わぬ。ただ、奥にある木々は、そのままにしておいて欲しい」
精霊王は俺に向かって言った。
「あれは
「
アリシアは一礼した。
「精霊樹を尊重するように、領地に
「感謝する。それに加えて、アリシアどのにお願いがあるのだ」
「はい。なんなりとおっしゃってください」
「これから
「精霊王継承の儀式、ですか?」
「我は、これから眠りにつく。その前に次代の精霊王を定めておきたいのだ」
精霊王ジーグレットは手にしていた杖を掲げた。
「これは精霊王であることを示す杖だ。この杖が選んだ者が、次の世代の精霊王となる」
杖は、複雑に絡み合った樹と蔦で構成されていた。
先端にあるのは水晶のような石だ。
ジーグレットたちが封印されたのは200年前。杖は、それよりも古いものだろう。
見ていると、迫力のようなものを感じる。これが精霊王の証なのか。
なるほど。
この杖をこれから、ティーナさんが引き継ぐんだろうな。
「この杖を持つ者は精霊の力を借りて、強力な集団魔法を使うことができる。まあ……これがあっても、初代大王のアルカインには勝てなかったのだがな」
「初代王アルカインはそんなに強かったんですか?」
「あの者は、無数のマジックアイテムを
精霊王ジーグレットは北西の方角に視線を向けた。
山岳地帯の向こうに、槍の
魔王が住んでいたという、魔の山だ。
「アルカインは言っておった。『魔王を倒したとしても、いつか復活する』『魔王は一時代にひとりしか生まれない』『それでも、対策はしなければならない』と」
「初代大王は、本当に魔王を警戒していたんですね」
「あの者は、魔王のことしか頭になかったように思える。それも昔の話だがな」
それから精霊王ジーグレットは、精霊姫のティーナさんを手招きした。
「では、ティーナ。ここに来るがよい」
「はい。お父さま」
ティーナさんは緑色の髪を揺らして、ゆったりと
「
「はい。ティーナは、
「うむ。では……コーヤ=アヤガキどの」
不意に、精霊王ジーグレットが、俺を見た。
「貴公も儀式に立ち合って欲しい。ティーナの隣に来ていただけないだろうか」
「俺がですか?」
「うむ。精霊王の
もしかして、俺が彼らを解放したからか?
精霊たちの復活に関わったものが、立会人として必要、とか?
……だったら、仕方ないか。
俺はティーナさんの隣に移動した。
「よろしくお願いいたします。アヤガキさま」
「あ、はい」
「それでは、継承の儀を行う」
精霊王ジーグレットは杖を掲げた。
「『精霊王の杖』よ、次の世代の精霊王を選ぶがいい」
ふわり、と、杖が浮かび上がる。
俺たちの頭上、はるかな高みへ。
杖のまわりでは精霊たちが、輪を描いて踊ってる。
杖はくるくると回転しながら、空をめぐり──
やがて、ゆっくりと地上に降りてきた。
ティーナさんの隣にいる、俺の手の中へ。
「…………って、なんで!?」
「継承はなされた! ジーグレットの名において、次の世代の精霊王はコーヤ=アヤガキとする!」
「おめでとうございますなの! アヤガキさま!!」
「「「おめでとうございます。精霊王さま──っ!!」」」
ティーナさんが俺の手を握り、精霊たちが
いや、待って。
おかしいだろ。なんで俺が次世代の精霊王になってるんだ?
「精霊王ジーグレットさま!」
「こらこら。精霊王は貴公だぞ。アヤガキどの」
「……ジーグレットさま」
「呼び捨てにするがいい。貴公はわれらの王だ」
「いや……なんで俺が精霊王になってるんですか?」
「杖が選んだからだ。そして、我も貴公を認めておる」
ジーグレットは宣言した。
「はじめて出会ったときに感じたのだ。貴公には、精霊王を受け継ぐ資格があると」
「精霊王を受け継ぐ資格って……まさか」
……もしかして『王位継承権』スキルのせいか?
『王位継承権』は魔力や血、遺伝子などが『王位を継承する権利があるもの』としてあつかわれるスキルだ。
俺はこのスキルで初代大王のマジックアイテムを操ってきた。
それはマジックアイテムが、俺を『王位継承権を持つもの』として認識したからだ。
でも、『王位継承権』スキルの効果はそれだけじゃない。
あのスキルは、
そして、精霊王の地位も『王位』だ。
だから『王位継承権』スキルを持つ俺には、その地位を受け継ぐ権利があるわけで……。
……それで、杖は俺を選んだ……ってことか。
「貴公が精霊王になったかどうかは、杖を使えば確認できよう」
ジーグレットは言った。
「精霊王は精霊を使役することで、集団魔法を使うことができる。やってみるといい」
「集団魔法? どういうものですか?」
「精霊の力を束ねた独自の魔法だ。言葉で説明するのは難しいな。まずは、貴公が使いたい魔法をイメージしてみなさい」
「俺が使いたい魔法……」
魔法というと、最初に浮かぶのは攻撃魔法かな。
ゲームでもあったよな。
空中に巨大な爆炎を生み出す魔法とか。
「アリシア。この世界の普通の魔法ってどんなものがあるの?」
「そうですね。炎の球体を生み出す『ファイアボール』や、雷光を生み出す『サンダーボルト』、大量の
「それが、一般レベルの魔法か……」
精霊王の魔法なんだから、それ以上のものじゃないとおかしいよな。
だとすると……うん。こんなイメージだろうか。
「イメージしました。これからどうすればいいんですか?」
「浮かんだイメージを、ティーナに伝えるがよい」
「ティーナさんに?」
「上位精霊であるティーナは、精霊たちを
「どうすればイメージを伝えられるんですか?」
「一番早いのは額をくっつけることだな。ティーナ、用意を」
「はい。お父さま」
ティーナが俺の前にやってくる。
彼女は胸に手を当てて、照れたような顔で、俺を見てる。
「よ、よろしくお願いいたします。アヤガキさま……いえ、マスター」
「マスター?」
「は、はい。精霊王のアヤガキさまは、ティーナたちの主人なので……」
「……他の呼び方ってありますか?」
「
「…………マスターでお願いします」
「はい。マスター」
そう言ってティーナは、前髪をかき上げて、白い額をさらした。
……まあ、実験だから仕方ないか。
俺は同じように額を出して、それをティーナの額に触れさせる。
「……わかったの」
ティーナは言った。
それから、彼女は俺の手を取って、
「それじゃ、マスターの好きなタイミングで杖を振って欲しいの」
「う、うん。わかった」
「精霊たち。準備はいいの?」
「「「「もちろんですー!!」」」」
精霊たちが答える。
それを聞いたティーナは、きれいな声で
「『精霊王の名のもとに、精霊姫ティーナがすべての精霊の力を
「「「「示すがいいですー!!」」」」
「さぁ、精霊王さま! 魔法の名前を口にして欲しいの!!」
俺の手を握りながら、ティーナが言った。
魔法の名前というと……。
「……えっと。『インフェルノ・ボム』?」
俺は空に向かって杖を振った。
すると──
「「「「『インフェルノ・ボム』!!」」」」
精霊たちも空に向かって腕を振った。
そして、
ズドオオオオオオオオオォォォォン!!
巨大な火球が、空の彼方で爆発した。
振動が、地面を揺らす。
おどろいたアリシアが地面に伏せて、近くの
とんでもない
「すごいです。コーヤさま!!」
「ティーナはマスターのイメージを、精霊たちに伝えただけなの! これはマスターの力なの。マスターには、魔法を作り出す才能があるの!!」
アリシアが叫び、ティーナさんが俺の手を取る。
「おそばでお仕えすることを許してくださいなの。マスター」
「……あの、ティーナさん」
「はい。アヤガキさま」
「ティーナさんは、俺が精霊王を
「マスターが継承するのが自然なことなの」
本当に気にしてないみたいだった。
ティーナさんは俺の手を胸に抱き……って、押しつけなくていいからね。
「マスターが封印を解いてくださらなければ、お父さまもティーナたちも、いずれは
「そういうものですか……」
「それにね。封印があのままだったら、この地はずっと荒れ野でしたでしょ? 人も住めず、魔物がばびこる場所のまま。だから、マスターはこの地の人たちも助けてるの。精霊と人を救ったマスターには王の資格があるの!」
「わかりました」
どのみち俺は、灰狼侯爵領を発展させるのに、精霊たちの力を借りるつもりだった。
精霊王を継承するのは予想外だったけど……計画を進めるためには、こっちの方が早い。
用事が済んだら、精霊王の地位はティーナさんに返せばいいな。うん。
「精霊王の地位を、
俺は、
──────────────────────
次回、第11話は、明日の夕方くらいに更新します。
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