某月某日

 職場のパートさんがアニメの絵がプリントされたTシャツを着て出勤した。


 職場は私服の上にエプロンをつけるスタイルが主流で、私も無難なシャツなどの上にエプロンをつけて勤務しているわけですが、まぁ、上の人に目をつけられたら面倒だよねとか、揶揄われるのにカロリー使いたくないよねという理由で、いつも無地に近い無難なシャツを着ています。俗に言う、隠れオタクというものです。

 パートさんの着ているTシャツは絵柄の途中がエプロンで絶妙に隠れているのでタイトルが読めず、昔のアニメの劇場版の絵柄にも、最近のロボット物アニメの絵柄にも、はたまた洋画のSF物の絵柄にも見えなくもないのですが、いかんせん特定が難しいのです。

 私も推しのTシャツを持っていないわけではなくて、むしろ元気を出すために着用したい気持ちをグッと抑えてシャツに袖を通し、推しTシャツはパジャマもしくは部屋着としてまさおの毛なんか付けつつも楽しんでいるのですが……パ、パートさん……しかも、普段から無口で「彼女は赤面症なのでそっとしておくように」との注意事項の伝達があるパートさん……えーと。いっそ潔いというか、羨ましいというか。こんな時。私(オタク)はどうしたら……。


 パターン1 傍に寄って話しかけてみる。

 私:「Tシャツ、アニメ系ですね?」

 パートさん:「(タイトルしか知らないアニメ)です」

 私:「へ、へぇ、そうなんですねぇ。タイトルだけ知ってます~」


 ダメじゃないか。何しに来たのこの人って話になりますよね。「彼女は赤面症なのでそっとしておくように」の指示を無視してる上に、何の成果も得られていない。せめて知っているアニメであれ! 話しかけるのならきちんと交流を持つべし!


 パターン2 遠くから観察してアニメを特定してから話しかける。

 私:「(アニメタイトル)ですね! お好きなんですか?」

 パートさん:「あぁ、これ、子供のおさがりです」


 よくある! 非常によくあるケースですよ。お母さんってお子さんのおさがりを着用することがあって、やけにHIPHOPテイストの柄シャツとかお召しになってて、びっくりして聞いてみるとおさがりって事があったりします。息子ラブ。友達親子。良いと思います。しかしながら今回に限ってはだめです。私が、敗北するので。


 パターン3 単にイラストに惹かれた感じで話しかけてみる。

 私:「わぁ、何だかきれいなイラストですね、Tシャツ。何のイラストですか?」


 ……これなら行けるのでは?

 我ながら何をどうしたら何処へ行けるのか、まったくわからない。でもわからないなりに何処かへは行けるような気になった。いざ!

(仕事が忙しい)

 ……いざ。

(パートさんが忙しそう)

 ……いざ。


 結論から言うと、何度もチャンスを伺ったものの、タイミングが悪く、私の行ける気は何処かに辿り着くどころか発進もできないままその日の業務を終えるのでした。今日もコミュ障。きっと明日も。


 閑話休題。

 昨日、いつもの酒屋さんへ夏酒を鑑賞しにお邪魔したのですが、鑑賞と言いつつしっかり酒瓶をぶら下げて店の戸をしめる我らです。

 今回は佐賀県の地酒「鍋島」の夏酒、Summer moon と、福島県の「奈良萬」の純米生貯蔵。鍋島は私が全幅の信頼を置いている酒蔵さんのひとつなのですが、今回のおやっさんのオススメは奈良萬。鍋島に決めたものの、せっかくなので四合瓶を購入しました。

 しかしこちら、飲んでみるとちょい辛口で、スッキリした後味、そして香りがとても芳醇な、吟醸香のお手本のようなメロン。すごい、これはどうして? 以前に奈良萬を頂いた時はこんなに香りの強いお酒ではなかったのに……貯蔵だから? これが「うつくしま夢酵母」の真の力であると……?

 これは明日には変わってしまう香りなのではと取り急ぎ杯を重ねておりましたら……おりましたら……翌朝の自分から協会五号酵母にも似たマスカット様の匂いがする……。いやだな、こんな女。(笑うところです)

 そろそろ日本酒小説でも書けないかしらと尋ねれば、まさおくんにカプロン酸エチルの香りは強過ぎるらしく、近寄ることさえ許されない朝なのでした。

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