まさお日記

野村ロマネス子

某月某日

 猫のまさおがお腹を見せながら寝転んでいる。ベランダに面した日向の床の上で、お腹の毛はふくふくと白く、細く、やわらかく密集している。

 まさおは特に長毛種の猫ではなくて、明るいピンク色の鼻と肉球を持つ。長いしなやかな尻尾と、背中側の模様は薄茶色。よくいる普通の茶トラの猫だ。

 薄曇りの、公園のベンチの下に置かれた段ボールの中で、ミィミィと手本のように哀れな声を出して、新しい飼い主を呼び込んでいた。それに引っかかったのが公園でバドミントンをしていた我ら夫婦で、夫は少し渋ったものの、最終的にはまさおによる「膝の上で寝る」が発動され、文字通りめろめろになった。そうして夫から「まさお」と命名されて居住権を得たのが馴れ初めだ。

 ペット飼育可のマンションの前にある公園に箱を放置した者の悪知恵(あるいは精一杯の思いやり)の勝利か、実力でもぎ取ったまさおの勝利かも知れない。


 ……という設定の「まさお」と暮らしはじめて少し経つ。

 まさおは「イマジナリー猫」で実際には存在しない。……お読みの方は混乱しているかも知れないけれど、まぁ、お話を書いている者の頭の中なんて多かれ少なかれこんなもんじゃないでしょうか。違うのかな。違ってもいいや。ううん、分かった。主語が大きかったのか。とりあえず私はいつも、こんな具合に生きています。


 先週末はF-1日本GPが開催されました。(急ハンドル)

 初の春開催ということで、界隈は大変な盛り上がりを見せたのです。日本人ドライバーの角田くんが13年振りくらいに母国GPでポイントを獲るわ、日本人エンジニアの小松礼雄さんがハースFIのチーム代表に就任して凱旋したわの大騒ぎだったにも関わらず、翌朝の情報番組でどこかの局が報じたという話は一向に聞こえてきませんよね。驚きの白さ。

 そんなニッチなエンタメをご一緒に楽しむために、夫の友達が遊びに来てくれました。

 楽しんで貰おうと思って、ローストポークや、里芋と海老の春巻きや、なんかオシャレっぽいサラダを作ったり、お豆腐揚げかまぼこ「むう」と、解凍して食べるタイプの大福の「喜久福」を宮城県のアンテナショップで買ってきたり、いつもの酒屋さんに日本酒を買いに行ったりしたのです。なぜ宮城県アンテナショップか。それはドラマ「居酒屋新幹線」に出てきた品々で、三人ともそのドラマか好きだから。シーズン2も楽しいです。

 日本酒は広島県の美味しい地酒「天宝一」の「攻め」というのを購入。米は山田錦、精米歩合は40%。

 しかし「攻め」は聞いた事がなく、お店のご主人に伺ったところ、日本酒の搾り順の「あらばしり→中取り→攻め」に由来し、これは最後にギュッと絞った物なのだそうでした。もちろん、流通量は少ない。

 攻め。そう、せっかくのレースだ、攻めの姿勢で行こうよ……! という気持ちでそれを選択。お買い上げとなりました。

 お味の方は、確かに、口に含んだ途端「ギュッ」となる感じの強さがあり、しかし後味は天宝一独特のメロンのような吟醸香という、面白いお酒でした。貴重な経験をしました。

 レースはまぁ予想通りの展開で、退屈した私がお酒のお代わりをしようとそっと冷蔵庫を開けて酒瓶を取り出したところ、手の中でお酒さんが蓋を「ポン!」と弾いて所業がバレるなどの一幕もあり、なかなか穏やかな会となりました。


 ところで、私は世間で言うところの「コミュ障」で、夫の友達も近い感じのコミュ障で、最初の乾杯の時にお互いがお互いのグラスよりも下に自分のグラスを下げようと、底無しグラス下げ合戦が繰り広げられるのが恒例となるのです。

 三人で歩くと、夫を中心として二人が等間隔で広がり、その姿まるでファンネルの如し。

 不器用な人達の不器用な酒盛りは、またほとぼりの冷めた頃に開催される予定です。


 きっと、猫のまさおも呆れ顔で眺めている事でしょう。

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