とりあえずカレーでも

よし ひろし

とりあえずカレーでも

「ピーちゃん、見つからなかった…」

 彼がしょげた顔で帰ってきた。


「そう…。――お腹空いたでしょう。晩ごはんの用意してあるから、とりあえず着替えてきて」


「うん……」

 肩を落とし、うつむいたまま廊下を進んでいく。その背中に、


「鳥、会えずに残念だったわね、気を落とさないで。今日はあなたの大好きなカレーにしたから、ね、元気だして」


「うん、ありがとう」

 彼は私を振り返り弱々しい微笑みを浮かべてから、自室へと向かうべく階段を上がっていった。

 その後ろ姿を見送ってから、私はキッチンへと向かう。



 二人分のカレーと付け合わせのサラダを用意して、食卓に運んだ。ウーロン茶のグラスを用意したところで、彼がやって来た。


「いただきます」


 二人そろって挨拶をし、食事を始める。だが、すぐに彼の手が止まり、じっとカレーの皿を見つめる。


「どうしたの、大好きでしょう、カレー?」


「うん…、でも今頃ピーちゃんがお腹を空かしているんじゃないかと思うと――」


「本当に大切な鳥だったのね……」


「ああ、前にも話したと思うけど、母に買ってもらった最後のプレゼントなんだ。母の死んだ後、不思議なことに母にそっくりな声色で話すようになって――僕にとっては母の分身なんだ」


「そう、だったわね…」


 本当にそう。気持ち悪い鳥。九官鳥は声まねをするとは言うけど、あの鳥は異常だ。

 彼と付き合うようになり、この家に遊びに来るたび、私に向かって嫌味を言う。


『このあばずれ』

『お前のような奴はあの子にふさわしくない』

『財産が目当てなのだろう』

『帰れ、ゲス女』


 どこで覚えたのか知らないが、少し低い女の声色で罵詈雑言を浴びせかけてくる。それも彼のいない時に。

 本当に死んだ彼の母親が乗り移っているのじゃないかと思うほどだった。いや、本当に霊が憑依しているのかもしれない。



「どうして、逃げたんだ。今まで、部屋で放し飼いにしても逃げたことなどなかったのに……」

 そう、この広い家で、あの鳥は自由に動き回っていた。まるで我が家であるかのように。


「仕方ないわ、賢くても、やはり鳥ですもの」


「鳥――、そうだね…、でも、僕にとっては――」

 彼の目に涙がにじみ出す。


 ああ、可愛らしい…

 そうして弱り切って涙ぐむ姿――尊い!

 あなたはそういう姿が一番似合っているわ。本当にいじめがいがある。


「ずっと仕えてくれていたシゲさんも、急にやめてしまったし、ピーちゃんもいなくなって、僕は、一人になってしまった……」


 お手伝いのシゲさん――両親を事故で失った後、彼の面倒を見てくれた人。


 ふふふ、私が追い出したのよ。邪魔だから。

 今頃は田舎の老人ホームでベッドで寝たきりね。

 ちょっと薬を盛りすぎて、正気じゃなくなっちゃったものね。


「元気を出して。私がいるでしょう。一緒に住むことにしたじゃない」


「ああ、そうだったね。――きみはいなくならないでくれ、いつまでも、いつまでも…」


 私に頼り切りすがりつくような目…

 堪らない!

 これよこれ。この状況を作りたかったのよ。


「大丈夫、ずうっと一緒よ。――鳥ともまた会えるわ、きっと」

 そう、すぐに……


「そうかな…。そうだね、希望はもたなくちゃ」


「ええ。――とりあえず、カレーを食べましょ」


「そうだね、せっかく作ってくれたんだ、冷めないうちにいただこう」

 気を取り直した彼が、カレーを口いっぱいに含む。


 もぐもぐもぐ、ゴクリ…


「あれ、いつもと味が違うね。ビーフじゃない、チキンかな?」

 中々舌が肥えている。一口で味の違いが判るなんて。さすがにいいものを多く食べてきた坊ちゃんだ。


 よかったわね、ピーちゃん、気づいてもらえて……


「ええ、そうよ、きょうのカレーは鳥なの」


 ふふふふ…


 私は微笑みを浮かべ、自らも一口カレーを頬張った。

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とりあえずカレーでも よし ひろし @dai_dai_kichi

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