比翼

小狸

短編

 *


 ひよく【比翼】

 二羽の鳥が互いのその翼を並べること。


 *


 父と母との仲が良いところを、私は見たことがない。


 家に居る時でも、外食に行った時でも、旅行に出かけた時でも、お互いがお互いに何かしら文句を付けていざこざになり、雰囲気が悪くなる。


 それくらいなら良い方で、最終的には車の中で運転しながら口論になることも、家の中だと口汚く罵りあうこともある。


 暴力に発展しないだけマシ、という考え方もあるかもしれないが、正直そんなものを毎日眼前に見せつけられて、子どもの教育に良いはずもない。そんな親の下で十数年育ってもみろ。見ての通り、学校へ行くかたわら、両親の愚痴をつらつらと文章に起こして小説としてネット上に発表する、駄目な女子高校生像(私)が出来上がった。


 そんな両親は、中学校の教師である。


 いや、マジで笑ってしまう。


 笑うところである。


 学校の先生として、日々思春期真っ盛りの中学生の前で御高説を垂れている癖に、自分の家庭のことはおざなりなのである。


 二人共、自分が悪いとは思っていない。


 というか、そもそも謝るという段階にすら至らない所が、問題だと思うのだ。


 コミュニケーションに失敗している。そしてその失敗を、お互いがお互いのせいにしている。だから絶対に噛み合わない。初めから壊れている。


 まあ。


 そういう両親の下で育った、ということで悲劇のヒロインを演じても良かった、誰かに共感してもらって、ちゃっかり彼氏なんかを作っても良かったのだけれど、なかなかどうして私はそういう方向には食指が動かなかった(『食指が動かない』の使い方、間違っている気がするが気にしないでほしい)。


 どちらかというと、この人達は駄目だから、私一人でもちゃんとしていよう、ちゃんと生きよう、という風に思うことができた。だからまあ、この文章は、その愚痴である。


 いや、そもそも、である。


 もうこの年齢なので、年相応の恥じらいとかそういうものも薄れてきているのだけれど、敢えて直接的な表現は控えるけれど、子どもって、わけだろう。


 保健体育の授業を、私はちゃんと受けていた。


 中学までは、真面目ちゃんだったのである。


 話を戻すと、子どもは作ろうと思わなければ作れないものである。


 もっと言うと、作りたくない、要らないと思っていれば、作らない選択肢も十二分にあるわけである。令和の今の世、そういう選択をする夫婦だっていよう。それは何も不思議なことではない。


 そんな中、両親は子どもを――私を作った。


 母はお腹を痛めて私を産んだ。


 父はお金を稼いで私を育てた。


 勿論もちろん、産んでくれたこと、育ててくれたことには感謝している。


 でも、そんな子どもの前で、いつまでも子どもみたいにいがみ合っているというのは、どういう神経をしているのだろうか、と思ってしまうのだ。


 機能不全家族、という言葉を最近知った。


 そこで育った子どもは、将来大人になった時、何らかの傷を抱えて生きることになるのだそうだ。


 詳しいことは、「機能不全家族」という単語ワードでググってみてほしい。


 傷。


 瑕疵かし


 


 そんな確約が、私にはある。


 それでも私は、死にたいとは思ったことがない。


 いや、いつかひょっとしたら襲われるのかもしれない、希死念慮という名の楽な道に。


 死にたいと思って生きるのは、正直、楽だ。


 死にたいと思って死ぬのと同じくらい。


 きっとこれから先、社会とかいう良く分からないものに直面するにあたって、私の機能不全家族で育った経験というのは何一つ生きることは無く、むしろ阻害するものとして働くことになるだろう、そして人生とかいう周りとか大人とかに勝手に定められた何かに対して絶望する日が、かなり高い確率で来るのだろうと予感している。


 でも――


 友達も普通にいる。


 学校も普通に楽しい。


 好きな作家先生の新刊は、来月発売予定だ。


 小遣いは結構もらえている。


 おばあちゃんはとっても優しい。


 朝、学校から駅までの道で良く会う猫がかわいい。


 こうして書いている小説にも、嬉しいことに読んでくれる人が存在している。


 そんな風に、こんな風に。


 たとえ翼が交わらなくとも。


 生きることが、悪いことと、私は知っている。


 独りではないと、知っている。


 だから――とりあえず生きてみようかな、と。


 そう思うことにして、帰り道、電車に揺られながら。


 今日も私は、小説を更新する。


 令和れいわ6年の、3月18日の話である。




(「比翼」――了)

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比翼 小狸 @segen_gen

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