世界で一番好きな子の遺書を拾った
心音ゆるり
第1話 告白の決意
「おはよう新田さん! ――あれ? もしかして前髪切った? 雰囲気が明るくなっていいね」
ゴールデンウィーク明け、朝の八時十五分。
いつもの時間に、いつものように教室の後ろの引き戸を静かに開いて教室へ入ってきたふーちゃんに向けて、俺は明るく挨拶をしたのち、たまらず言葉を付け足した。
なにせ
ここで感想を言わずに黙っていられようか? いや無理。可愛すぎて危うく鼻血がでるところでした。まる。
いますぐ飛ぶように席から立ち上がって、ふーちゃんにスタンディングオベーションを送りたいところだが、彼女の性格上、目立つことは避けたいだろうからこちらは我慢した。
もう教室には結構人がいるし。
「お、おはよう
「そりゃわかるさ」
キリッとしたさわやかフェイスでそう言った。歯がキラリンときらめくエフェクトを入れて欲しいところである。
五ミリぐらい切ってるよね? とまで言えばさすがに気持ち悪いと思われそうなので、口に出さないことに。我慢できて俺えらい。
彼女は俺の席の傍で立ち止まると、照れ臭そうに前髪の一部を摘まんで、ツンツンと引っ張ったりしている。前髪を見ようと上目遣いになるくりくりとした目が、とてつもなく可愛い。
「そ、そうかなぁ」
ふーちゃんは普段人と話すことが少ないからか、よく言葉をつっかえさせる。
それでも、ちらちらと俺の顔を見ながら話してくれるあたり、本当に優しい性格をしているんだなぁとさらに惚れた。
天使と見紛うほどの可愛さを持ち合わせているふーちゃんに人知れずキュンキュンしていると、近くにいた友人が呆れたように鼻からため息を吐く。その二つの穴塞ぐぞてめぇ。
「新田さんには悪いけど、正直俺にはあんまりわかんねぇわ――あ、おはよ」
「――お、おはよう月村くん。ふ、普通は、気付かない……かな?」
「だよね? さすがにキモいと思わない?」
親指で俺を刺しながら、
頭蹴り飛ばすぞクソが。工場で交換してもらってこいや。
「わかってないな誠二――女子は些細な変化に気付いてくれると嬉しいって言うだろ」
ネットに書いてあった『モテ男になるための十か条』に書いてあったぞ。
まぁ俺は、モテ男になりたいわけじゃなくて、ふーちゃんただ一人にさえモテればいいのだけど。
「さすがに細かすぎてキモいレベルだろ」
五ミリの変化は大きいだろ。全く細かくなんかないやい。
「はぁ……お前の気持ちはよくわかったよ。俺と敵対するというならば誕プレは紙パックジュースに付いたストローの袋にしてやる」
欲しがっていたワイヤレスのイヤホンでも買ってやろうと思っていたのに、残念だ。
「ストローですらないの!? ゴミじゃん!」
「まぁ落ち着けよ。今後のお前の態度次第ではストローにしてやるから」
「マジで!?」
付け足した言葉で、誠二の顔が明るくなる。
いや自分で言っておきながらアレだけど、ストローで喜ぶなよ。アホかこいつ。
ふーちゃんの前なので、じゃれ合いはいつもより穏便に。しかし、彼女は俺たちのやりとりを見てクスクスと笑ってくれた。あ、もう死んでもいいかも。
「わ、私のことなんて見てる人いないから、ま、邁原くんが気付いてくれて嬉しいな。ありがと」
女神か? いや、ふーちゃんだ。つまりふーちゃんは女神? やはりそうだったか。
ふーちゃんの魅力についての考察に頭をフル回転させながら、視界に彼女の姿を入れて視力の回復に努めていると、さらに女神は口を開いた。今日はいつになく饒舌だな。
「……あ、あの、邁原くんは実行委員、やる?」
単語を繋ぎ合わせたような口調で、ふーちゃんが言う。
実行委員? なんの実行委員だ?
もしかして、あの非常に面倒くさそうな体育祭の実行委員のことを言っているのだろうか? いったいアレをやって何の得があるんだと思えるような、あの悪夢の実行委員のことを。
「もしかして体育祭の実行委員のことを言ってる?」
確認のため、聞いてみる。すると彼女は勢いよくブンブンと首を縦に振った。どうやら正解らしい。
「あ、あのね、私、こういうことやったことないから、人生で一度ぐらいはやってみたくて――だ、だから、もし邁原くんが一緒なら、安心かなって。私、他に誘える人いなくて。無理なら断って――」
なるほどね、そういうことなら話は早い。
「奇遇だね新田さん。実は俺も立候補するつもりだったんだ」
「本当にっ!? すごく嬉しいっ!」
俺の回答に、ふーちゃんは笑顔を咲かせる。俺もふーちゃんが笑顔になってくれてすごく嬉しいよ。天にも昇る心地だ。
誠二が呆れたような視線を送ってきていたので、ふーちゃんに気付かれないよう脇腹に手刀を突きさしておく。
実行委員が面倒? そんなことはもう忘れた。愛に勝るものはないのだよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼休み、一人でお弁当を黙々と食べているふーちゃんを横目で見ていると、友人が声を掛けてきた。
「新田さんも、随分と変わったよね。これも
クスクスと笑いながら言うのは、
誕プレにストローをご所望の月村誠二や、ふーちゃんラブの俺と同じく、
「一年のころ勇進たちのクラスに行ってもさ、新田さん、俺たちと喋れそうな雰囲気なかったよな」
誠二も和斗の言葉に同意しているようだけど、俺はまったく自分がきっかけだとは思わない。
たしかに俺は、ふーちゃんに恋をしてからというもの、しつこいぐらい『おはよう』と『ばいばい』の挨拶をしてきた。
それで多少の雰囲気の変化はあったのかもしれないけれど、ガラッと彼女の纏う空気が変わったのは、高校二年に上がってからなのだ。まともに会話をするようになったのも、その時期ぐらい。
別に俺だけに対してというわけではなく、彼女は人との距離を詰めるようになった。
今朝にあった体育祭の実行委員の話に関しても、一年の頃なら『別人か?』と疑ってしまいそうなほど、ありえないことだった。
それぐらい、彼女は目立つのを嫌い、一人でいることを好むような人だったのだ。
良い変化か悪い変化で言えば、きっといい変化なのだろうけど――、
「いつまでも気持ちを伝えないままだと、誰かに取られちゃうかもしれないよ? 勇進」
そうなんだよなぁ……。
ふーちゃんはいままでも十分すぎるぐらいに可愛かった。
しかし、ふーちゃんの持つ魅力は知る人ぞ知る――って感じだったんだけど、万人受けに近づいてきている状況なのだ。
このままではきっと、マズいことになる。俺的に。
「だよな……困った」
ふーちゃんに恋をしてから俺は、ファッション誌を買ったり美容に気を使ったり筋トレをしたり、外見だけでなく内面でも色々なところで彼女に好かれるように頑張ってきた。
本来ならば、世界一キュートな彼女にふさわしくなれるよう、もっと時間をかけて自分を磨きたいところだったが――そうのんびりとしていられない状況になってきているのだ。
「いい加減告白したら? 俺、普通に付き合えると思うんだけど」
「僕も誠二と同じ意見かな。新田さん、勇進と話しているときが一番楽しそうだし」
友人二人が呆れたような口調で言ってくる。
「そうかぁ? そうだといいけど」
そんなにうまくいくとは思えないが……ここらが潮時なのかもしれない。あの可愛さが限界突破しているふーちゃんがフリーであることが、すでに奇跡のような状況なのだ。
いつまでも、現状に甘えているようではダメなのだろう。
彼女が前進しているように、俺も勇気を出さねばならないか。
「……頑張るかぁ」
俺のつぶやきを聞いて、二人がニカッと笑う。なんならハイタッチまでしていた。
もし振られたら、こいつらに何か奢らせることにしよう。
そしてもし付き合うことができたのなら、なんでも奢ってやることにしよう。
ふーちゃんのポケットに遺書があるなんてことを知らない俺は、暢気にそんなことを考えていた。
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