とりあえず「」で

武海 進

とりあえず「」で

 僕は酒が好きだ。


 だばだばと味わわずに飲んで酔うという行為が好きなのではなく、純粋に味が好きなのだ。


 ビールにワイン、日本酒、焼酎、エトセトラ。


 どんな種類の酒も分け隔てなく飲む。


 しかし悲しいかな、アルコールにはあまり強くない為に飲める量は限られている。


 だからこそ、僕は友人と飲みに行ったときに高確率で言われるとある言葉が嫌いだ。


「とりあえず生でいい?」


 良い訳ないだろ。


 飲める量が限られているのだからこそ、最初の一杯は重要だ。


 それをなんの考えもなしに、脊髄反射的な問いで決められたくはない。


 確かに初手で生ビールを一気に喉に流し込むというのも悪くはないが、真夏の脳がうだるような暑さの日以外にそれをやる気にはならない。


 そもそも、酒にはそれぞれ合う料理が違うのだから、とりあえずで頼むのならば料理が先であり、それに合わせて酒を頼むべきだと僕は常々思っている。


 だから先日の飲み会では、友人が例の言葉を言う前に先手を取ってみた。


 その日の僕は鶏肉の気分だったので、メニューを一瞥して焼き鳥を頼むことにした。


「とりあえず焼き鳥の盛り合わせで良いよね」


「別にいいけど、普通は先に飲み物じゃない?」


「ヤキトリだけにトリあえずってか?」


 勝手につまらない親父ギャグと勘違いして大笑いする友人を放置して、僕はタッチパネルを操作して注文するのであった。


 そこでふと気付く。


 この作戦、タッチパネルで注文するタイプなら使えるが、店員がオーダーを取りに来る店だと使えない。


 大抵そういう店では先にドリンクの注文を聞かれるからだ。


 店員に待たれるとゆっくりメニューと酒の組み合わせを考える訳にもいかないし、一度店員に下がってもらうのもなんだか忍びない。


 そう考えると、とりあえず生というのはとても合理的なのかもしれない。


 僕の考え方は酷く自己中心的な気すらする。


 だから僕は、嫌っていた言葉を口にすることにした。


「飲み物は、とりあえず生でいいかな?」

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とりあえず「」で 武海 進 @shin_takeumi

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