第五話:落ち込むメリー

「鴉丸。玉藻。異存はないかい?」

「我は構わん」

わらわも別によいぞ」

「よっしゃ。じゃあ決まりだね」


 ぱんっと手を叩いた六花は、そのままテーブルを回り込み、銀杯の前に立った。


「両手で触れればいいのかい?」

「はい。持ち上げたりはせず、手を添えるだけで結構です」

「わかった。じゃあいくよ」


 わくわくしながら六花がゆっくりと銀杯に両手を添えると、中にある水晶が強い光を帯び、透き通っていた水がみるみる内に、くっきりと真っ赤に染まっていく。


「なんと。ここまでですか……」

「ほんに、アヤカシ様の力は底がしれませんな……」

「おいおい。感心するのもいいけどさ。結果はどうだったんだい?」


 脇で銀杯を覗き込み、感嘆の声をあげるザナークとゼネガルドに、思わず六花がそう注文を付けると、セリーヌが彼女に答えをもたらした。


「ロッカ様の適性は、闘気に極振りされております」

「本当かい?」

「はい。しかもこの色鮮やかさ。上位の冒険者でもまずお目にかかれない、素晴らしい闘気の持ち主かと」

「つまり、あたしは前衛に向いてるって事かい。願ったり叶ったりだね」


 自分が望んだ結果が出て、満足気な六花。

 そのまま手を離すと、水晶の光が弱まり、真っ赤に染まった水はすっと無色に戻っていった。


「なんか不思議だね。お兄ちゃん」

「そうだね」


 現代世界でこれを為そうとするには、水を入れ替えるなどしなければ無理。

 ある意味で異世界らしい光景に、せつと神也は驚きを隠せない。


「では、次は我が行くとしよう」


 六花と入れ替わり、次にその場に立ったのは鴉丸。

 静かに手で銀杯に触れると、六花の時同様に、水が色鮮やかに染まっていく。

 しかし、色までは同じではない。


「緑ですか。カラスマル様はバランス良く、闘気と魔力をお持ちのようですね」

「しかもこの色の鮮やかさ。これまた規格外にございますな」


 セリーヌの説明に補足したゼネガルドは、あやかし達の強さを示す結果を見ながら、自然と顔を綻ばせる。

 ザナークも、ここにいる者達の強さを改めて目の当たりにし、驚きを禁じ得ない。


「では、次はわらわの番か」


 次に銀杯の前に立ったのは玉藻。

 ゆっくりと杯に触れると、今度は色鮮やかな青色に染まる。


「先の二人とまた色が違うのう。という事は、わらわは魔力特化か?」

「ご名答にございます」

「色の鮮やかさも申し分なし。ロッカ様やカラスマル様同様、素晴らしい魔力をお持ちです」

「そうかそうか。やはりわらわには術がよう似合うということじゃな」


 セリーヌとゼネガルドの言葉を聞き、これまた満足気な笑みを浮かべた玉藻は、ちらりとメリーを見るとにんまりと笑う。


  ──其方そなたはどうかのう?


 そう言わんばかりの顔に、メリーの眉間に皺が寄る。

 勿論カチンとはきたものの、自分もまた伝説の怪異。同じかそれ以上の力はあるはずと、苛立ちを抑え余裕の笑みを返す。


「次は私だね」


 口数少なく無表情のまま、次に銀杯の前に立ったせつが杯に触れると、無色透明に戻っていた水が、まるで巻き戻るかのように先程と同じ青に染まる。


「これ、魔力が高いんだよね?」

「はい。その通りにございます」

わらわとまったく同じ色とは。せつも中々じゃのう」

「うん。これで、お兄ちゃんの役に立てるね」


 セリーヌと玉藻の言葉を聞き、神也に向け少し嬉しそうに微笑む彼女に、彼は何も言わず、優しい微笑みを返事とした。


「よーっし! じゃあ次はメリーの番だね! 玉藻! 見てなさいよ!」


 せつと入れ替わったメリーが、ビシッと玉藻を指差しライバル心を燃やす。

 対する玉藻はといえば、涼しい顔で見返しているのだが、その心の余裕は既に結果が出ているからに他ならない。


「じゃ、メリーちゃん、いっきまーす!」


 元気な声を上げ、メリーは銀杯に触れる。

 すると、透明な水はまた、少しずつ色に染まっていったのだが……。


「随分真っ白になったねぇ」

「鮮やかさは我等の物と変わらぬようだが」


 六花や鴉丸が口にした通り、水ははっきりと白色に染まっていた。


「これは……また随分と珍しい色ですな」

「ね? ね? これってどういう意味? 珍しいって事は、凄いレアだったりする?」


 ゼネガルドの言葉に期待が高まるメリー。

 だが、セリーヌの言葉はそんな気持ちを削ぐものだった。


「レアといえばレアなのですが。白は闘気と魔力が入り交じっている事を表しているのです」

「入り交じる?」

「はい。本来それぞれ独立した力として体内に宿っているのですが、稀にその二つが交じってしまう方がおられるのです」

「交じると、何かあるの?」


 きょとんとするメリー。

 彼女がここまで色々期待してきた姿を見ていたせいで、セリーヌもその先を言葉にするか迷ったのだが。話さずに終わるなど、この状況でできるわけもなく。


「はい。闘気を使った術も、魔力を使った術も、使うことができません」


 と、申し訳無さそうに口にした。


「えーっ!? じゃあメリーって、何の職業にも就けないって事!?」

「いえ。そうではないのですが……」


 歯切れ悪く口ごもるセリーヌ。

 彼女の心内を察したのか。代わりにザナークが口を開く。


「白色の適性は、主に狩人や盗賊となります」

「狩人に、盗賊」


 冒険者としてあまりに目立たない職業を挙げられ、思わず唖然とするメリー。

 そんな彼女を見て、いがみ合っていた玉藻はあざ笑うかと思いきや。

 流石にこの結果に同情したのか。何も言わずに事の次第を見守っている。


「はい。本来闘気や魔力はそれぞれの力が強く働くため、前衛や後衛の術を駆使できる代わりに、魔法などを使わなければ、気配を完全に消す事は難しいのです。ですが、入り交じった力は闘気としても魔力としても扱えない代わりに、力としての気配を持たない。そのため、隠密に行動する職業に適しているのです」

「……地味」

「……はい?」

「地味過ぎるよ。折角異世界に来たのに」


 ザナークが唖然とするのも関係なしに、がっくりと肩を落とすメリー。少し涙目になっているのは、本当に悔しいからだろうか。


「こんなんじゃ、メリー、ダーリンの役に立てないじゃん……」


 悔しそうに俯き、そう嘆いたメリーに対し。


「え? そうかな?」


 あっけらかんとした声で言葉を返したのは、神也本人だった。

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