第三話:再来の予感

 顔を上げた神也に、彼女は微笑みを浮かべこう説明する。


「ここサルディアは他の街との交易や交流をっておりますが、世間離れしているわけではございませんので、この世界の事を学んでいただくには良い環境だと思います。また、確かに冒険者となるには職業毎の技術が必要となりますが、わたくしを始め、街の者でもそういった基礎をお教えできますので、丁度良いのではかと」

「で、ですが、僕達は昨日からずっと、迷惑をかけてばかりで──」

「それは、こちらの台詞にございます」


 突然の申し出に、両手を振り焦る神也。

 それを見た彼女は、笑顔を隠して真剣な顔を見せる。


「昨晩、皆様のお陰で、街の者達も命を救われました。そしてわたくし自身も、シンヤ様のお力でドルディマン伯爵の手から逃れられ、病も治り、勇者の奇跡までも使えるようになりました。わたくしは、皆様方から受けたそんなご恩に対するお返しをしたいのです」


 セリーナの瞳と言葉に籠もる熱意。

 それは心の読める鴉丸だけでなく、そうでない皆にもはっきりと伝わるものだった。


「で、ですが……」


 それでも、どこか遠慮してしまう神也。

 誰かに迷惑をかけるのは忍びない。

 たった十五の青年は、とにかく気を遣いすぎる。

 彼の心内を察したあやかし達は、その優しさに思わず笑みを見せた。


「若。セリーヌ殿の感謝の気持ち、汲んで上げてはいただけませぬか?」

「そうだよー。ダーリンだって、沢山彼女の助けになったんだし、セリーヌちゃんがお返ししたくなったって当然じゃん。それに私達だって、この世界で生きていかないといけないんだし。いい話じゃん」

「神也の事だ。どうせ、早く助けを求めてる奴を見つけたいとか考えてるんだろうけど。今は手掛かりすらないんだ。慌てたって仕方ないだろ」

「お兄ちゃん。きっと断ったら、セリーヌが哀しむよ?」

「急いては事を仕損じる。そして、世間は持ちつ持たれつじゃ。まずは頼れる者を頼ればよい。神也がそれだけのことをしたからこその、申し出じゃからのう」


 三者三様に神也を諭すような言葉をかけるあやかし達。

 彼女達の言葉を聞いて、神也は心を整理すべく目を閉じる。


  ──今の僕達は、まだまだこの世界を知らない。そういう意味じゃ、確かにお世話になるべきなのかな……。


 正直、気乗りはしない。

 だが、今の自分達に足りないものを理解しているからこそ、頼るしかない所があるのも確か。

 だとすれば、信じられる相手を頼れるほうが、間違いなくいいはず。


  ──セリーヌ姫は優しそうだし、断ったら悲しむかも。それに、みんなの言うことも最もだよな……。


 そんな気持ちに行き着いた神也は、目を開けるとじっとセリーヌを見た。


「……あの。お世話になる代わりに、僕達にも何か街の事を手伝わせていただけませんか?」

「え? どうしてですか?」

「あの。確かに僕達は皆さんを助けたかも知れませんが、この先どれくらいお世話になるのかもわかりません。であれば、やっぱりちゃんと、お世話になる対価を払うくらいの事はしたいんです」


  ──この方は私達わたくしたちに、本当に真摯に向き合ってくださるのですね。


 彼の提案を聞いたセリーヌもまた、彼に対し率直にそんな感想を持つ。

 彼女にも自身に従順に付き従うザナークやゼネガルドを始めとした家臣達がいる。

 だが、神也の反応は彼等とはまた違う、真っ直ぐで思いやりのある態度。


  ──心優しいこの方と皆様こそ、やはり聖者とアヤカシ達の再来なのでは……。


 夢物語のような伝承。

 セリーナは何故か、直感的にその始まりを予感する。


「承知しました。この後お時間をいただき、皆にもそのお話をお伝えします。それでよろしいですか?」

「はい」


 しっかりと頷いた神也に、彼女は表情を崩し微笑みを見せる。


「よーっし! じゃあ、まずは冒険者の職業を教えてもらおう?」


 交渉がまとまったのを見て、俄然テンションが上がったのはやはりメリー。

 興奮気味に提案したその内容に、周囲のあやかし達も盛り上がりを見せる。


「メリーよ。こういう物事には順序があろう? まずはこの世界について知らねば始まるまい」

「それを言ったら、まず言葉とかがわからなきゃ、文献も読めないし書類なんかも書けないんじゃないかい?」

「まずはセリーヌ殿が話していた通り、若や我々が街の者達に受け入れてもらうことが先決。そうしなければ師事もままなるまい」


 各々に意見を強調する中。


「みんな。お兄ちゃんに負担を掛けないようにするのが一番だよ?」

「あ……」


一番幼く見えるせつがそう戒めると、それまで意見が割れていたあやかし達は皆、はっとし顔を見合わせる。


「そ、そうじゃったな。まだ神也には穢れも残っておるしのう」

「わ、若。申し訳ございません」

「え? あ、別に今は、セリーヌ姫のお陰で全然辛くないし」

「ダメダメー! そう言ってダーリンはすぐ無理するじゃん!」


 神也が絡めば、割れた意見もまとまってしまう。

 彼の事を想う、あやかし達らしい反応ではあるのだが。

 流石に反応に困った神也がせつを見ると。


「お兄ちゃん。無理はだめだよ」


 やはりあやかし達の総意を顔に出し、小さく微笑んでくる。


「いや、だから。大丈夫だって言ってるんだけどなぁ……」


 皆に見守られ笑われる。そんな状況に複雑な気持ちになりながら、神也は紅茶を口にしたのだが。


「げほげほっ!」


 慌てて飲んだ紅茶が気管に入り、思わずむせこんでしまう。


「ダ、ダーリン!?」

「お兄ちゃん! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だから」


 動揺しながらメリー達を必死に安心させようとする、彼の反応が面白かったのか。

 セリーヌ達も思わずくすくすと笑ってしまう。

 それに気づいた神也は、頭を掻き恥ずかしさをごまかすことしかできなかった。

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