第二章:あやかし達、冒険者を目指す

第一話:寝起きの失態

 いつの間にか、窓から日が射し込む中。

 戦いの後で疲労もあったが、現代の家のベッドとは違う寝心地の良さを味わっていた神也達一行は、同じベッドで深い眠りについていた。


  コンコンコン


 彼等の寝息が聞こえる部屋に、遠慮気味に響くドアをノックする音。

 だが、普段なら音に敏感なあやかし達ですら、珍しく眠りから覚めることはない。


「失礼いたします」


 ゆっくりとドアを開け、部屋に入ってきたセリーヌは、神也達の眠るベッドを見た瞬間、目を丸くし固まってしまう。


 昨日と同じく、ベッドの中央で眠っている神也。

 だが、そこにある光景は、目を覆いたくなるような光景だったからだ。


 寝心地が良すぎたのか。

 既に変化が解けているあやかし達。


 神也の脇にはメリーとせつが抱きつき、パジャマの下から胸の方に手を入れている。

 彼の下半身には、着物から肩をはだけさせたまま、仰向けに肢体に絡みつき眠っている。

 六花はいつ伸ばしたのか。

 長い首を神也の上半身に絡め、首元に顔を近づけており、鴉丸もまた、彼の背から両腕を回し抱きついている。


 しかも、彼女達のせいで神也のパジャマの一部がはだけ、引き締まった腹筋や色気を感じる鎖骨が見えていた。


 まるで、女達を侍らせているかのような異様な光景。

 神也を始め、皆は妖艶な状況に似つかわしくない、穏やかな寝顔を見せていたのだが。 これだけの光景を見せつけられてしまえば、セリーヌも心穏やかでいられるはずがない。


 恥ずかしさにみるみる顔を赤くし、暫くの間、彼等から目を離せずにいたセリーヌ。


「……んん……」


 そんな中、突然聞こえた神也の寝言にはっと我に返った彼女は、そのまま静かに後ずさると、無言のまま部屋のドアを閉めた。


  ──シ、シンヤ様は、いつもあのように、皆様と寝ていらっしゃるのでしょうか……。


 二十歳になったとはいえ、男性と床を共にした経験などないうぶなセリーヌにとって、あまりに刺激的過ぎる光景。

 しっかり脳裏にこびりついていてしまった光景を思い出し、顔の火照りが収まらなくなった彼女は、暫く自分の部屋に閉じこもると、必死に心を落ち着けようと努力した。


   § § § § §


 あれから少しして、先に目を覚ましたのはあやかし達だった。


 気づけばいつの間にか変化を解き、神也に絡みつき、服の下に手を入れたり、より肌のぬくもりを感じる距離に顔を寄せる。

 そんな姿勢になっていた事にはっとした皆もまた、慌てて神也を起こさないよう、あやかしと分かる尻尾や翼などを隠し、息を殺してベッドから静かに下りた。


 神也に信頼を寄せるあやかし達であっても、人とあやかしという本来交わるべきでない存在だと理解しているからこそ、一線は超えないようにしている。

 特に彼に強い好意を持っているせつ、玉藻、メリーですらも、色気で神也を誘い、寝床を共にするような真似はしていない。


 だからこそ、初めてこのような形で共に眠っていたという状況は、五人をあからさまに動揺させた。


「お、おい。まさかあたし達、神也に手を出していないよな?」

「だ、大丈夫に決まってるじゃん! わ、私だってその、ダーリンが望んでないことなんてしないしー」

「う、うん。私も、お兄ちゃんに変なこと、してないよ」

わらわとて、そこまで節操なしではないわ」

「わ、若は護るべき相手。それ以上のことなどない」


 ひそひそと、それぞれが言い訳のような事実を口にした、はずなのだが。

 同時に全員が心の内に持っていた。

 眠っている内に、神也に変なことをしていたのではという不安を。


 ベッドの周囲に立ち、互いに顔を見合わせながら、内心激しく動揺していると。


「……ふわぁ……あれ? みんな、起きてたの?」


 寝ぼけまなこを擦りながら、神也が生欠伸をしながら目を覚ました。

 ぎくりとした五人は、互いに目配せをし、口裏を合わせる。


「む、無論じゃ。それより神也よ。体調はどうじゃ?」

「あ、うん。セリーヌ姫が安らぎの心ピース・オブ・マインドを掛けてくれた時より、少し身体が重いかな。でも、息苦しさとかはないから、まだ大丈──」

「そ、それ、やばいじゃん! 私、ささっとセリーヌを呼んでくるね!」

「え? いや、まだそれほどじゃ──」

「お兄ちゃん。少しでも辛いなら、ちゃんと癒やしてもらおう?」

「そうです。若の身体にはまだ穢れが残っております。当面は痛みなど酷くなる前に、セリーヌの力を借りるべきです」


 神也からすれば、感覚的にそこまでではないと思っていたのだが。

 妙に圧のある皆の反応に圧倒され。


「そ、そっか。わかったよ」


 思わず彼女達の言葉を受け入れてしまったのだった。


 こうして、セリーヌがこの部屋に呼ばれたのだが……。


「お、おはよう、ございます」

「おはよう、ございます」


 何処か気まずそうな態度で、皆を直視できずにちらちら様子を窺う彼女の不可解な反応に、返事をした神也も首を傾げる事しかできない。


「それでは、始めますね」


 ベッドの脇に立ち、セリーヌが祈りを捧げ安らぎの心ピース・オブ・マインドを始めた後も、目を閉じリラックスして横になっている彼を、頬をほんのり赤くしながら横目でちらちらと見ている。


 昨日の今日で流石に変わり過ぎている彼女の態度を見て、鴉丸は止むなく心の内を読んだのだが。

 結果、既にセリーナにあの醜態を見られていた事を知り、後で神也のいない場で、あやかし達が必死に弁解をする事になったのは、彼女達だけの秘密である。

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