2.珈琲を飲みながら

「あの子が騎士団長の…?」

「らしいぞ。なんでも連邦国国境の戦場で拾ったとか」

「連邦国国境?!よく生きていたな…」

翌日以降、どこからかベガの話が王城中で噂になっていた。

しかし、そんなことは気にもしない様子でアルタイルはベガを連れて廊下を歩いている。

「アルタイル団長お疲れ様です~!」

そんな中、金髪プリン頭で輪っかのピアスを右耳にふたつつけた、見るからにチャラい兵士が寄ってきた。

「おうナツメ。まだ生きていたか。」

「ちょっ、団長酷くないっすか?!」

「はははっ!冗談だよ。」

「あ、その子が例の連邦国国境で拾ったっていう?」

「ああそうだ。それと、今ちょうどお前を探して歩いていたんだ。確かナツメはあの戦いに参加していたな。少し話を聞きたい」

アルタイルの顔が、さっきまで冗談を話していたとは思えないほど深刻になる。

「いいっすよ。自分で良ければいくらでもお話します。」

ナツメという兵士も見た目こそチャラチャラしているが、案外気のいいやつのようだった。

二人が話をしている間、ベガは何も声を発することは無く、目も、見えていないからかどうか分からないがどこか違う方を向いているようだった。



「さてさて、どこから話しますか」

「そうだな、まず死者数についてだ。激戦区だったとはいえ、たったの半日で何人の死者が出たと思う?…5万人だ5万人。敵味方合わせてだがな。だとしても異常だ。何かあったとしか考えられない。」

アルタイルはまたルナの医務室でコーヒーを片手にナツメと向かい合って座っていた。

「そうっすね……。大隊長程度の俺が騎士団長様に憶測で話すのはどうかと思うんですけど、まぁいいか。たぶん俺の予想だと核分裂魔法が使われた可能性が高いと思ってます。」

「核分裂魔法?!敵にそんな魔法を使える者がいるというのか?」

「いえ、味方ですよ。これも憶測なんですけど、爆心地は味方側だったんですよ。核分裂魔法は通常自らを爆心地として自分以外の周りを全て吹き飛ばしてしまうような魔法です。自らを爆心地としている以上、味方陣営に爆心地があるとなると、裏切りか暴発のどちらかでしょうね。」

ナツメは、たぶん予想は当たってるだろ、どうだ!とでも言いたげなドヤ顔をしていた。

「なるほど、わからんな。」

「なにがです?」

「いや、その魔法、本当に核分裂魔法だろうか。もし核分裂魔法じゃないとすれば、難しくても古代魔法でも爆発を起こせるし、物質反転魔法で水蒸気爆発を起こすこともできる。そういう方法で敵陣側からでもこちら側に爆発を起こすことができるはずだ。」

そんなアルタイルの言葉に被せるようにナツメが言った。

「いや、それは無いですね。たぶん核分裂魔法で確定だと思います。」

「根拠はあるのか?」

「はい。爆心地とされる場所からウランが検出されています。たぶん魔法の後に術者本人の魔力と一緒に漏れ出た残りカスみたいなもんでしょうね。」

「なるほどな。ちなみに聞いておくが術者は見つかったのか?」

「見つかりましたよ。但し肉片になって飛び散ってましたけどね。たぶんオーバードライブを起こしたんでしょう」

オーバードライブ、魔力暴走とも言われる。術者の魔力のリミッターが外れ、桁違いの魔力量を生み出すものだ。オーバードライブを起こした術者は正気を保てなくなり自分の魔法で死ぬか、膨大すぎる魔力で破裂して死ぬか、周りの剣士に殺されるかのどれかだ。

「オーバードライブか。確かにそれなら術者が死んだ理由にも納得がいくな。」

「そうっすね。この件は元帥に報告済みっす。それはそうと団長、そろそろその子の話しません?」

ナツメはもう待てないと言わんばかりの食い付きだった。

「あぁ、ベガか。」

「ベガちゃんって言うんですね~!団長に似合わずかわいい女の子じゃないですか」

「おい貴様どういう意味だ」

「ちょ、冗談ですからその剣を鞘から抜こうとしないで…!」

「ベガ、挨拶できそうか?」

アルタイルがそう言うとベガはしっかりナツメの方を向いた。

「…クロード・F・ベガ」

とだけ話した。

「クロードって…団長の隠し子ですか?!」

「落ち着けナツメ。落ち着かなければまたこの剣を鞘から抜きかねないぞ。この子が家系の名が分からないと言うから名をやっただけだ。」

「なんだ……。だとしてもアルタイル騎士団長様の名を介するとは将来有望っすね。強くなりそうな名前だ」

「あぁ、この子には私の次の騎士団長になってもらう。言わば跡継ぎだな。」

「でも噂じゃ目が見えてないんじゃないんでしたっけ」

「知らん、そんなものはベガを構成する一部に過ぎん。ハンデだとは微塵も思わんな。現にこの子は他人や物との物理的距離を的確に把握しているから私の補助なんて要らないだろう。」

そう、ベガは目が潰れてから間もないのに、何故か周りとの距離が測れており、まるで何とも無いかのように生活している。

「ほ~う、不思議な話っすね。だってベガちゃんは目が見えなくなってまだ間もない訳じゃないすか。」

「あぁ。だからこそ私はベガには将来私の跡を継ぐ能力を持ちうるのでは無いかと考えている。魔力の気配が一切しない辺り、周りとの距離感は完全に感覚だろうな。」

「か、感覚っすか?!……にわかには信じがたいですね…。」

「あぁ、私も驚いている。」

「訓練はいつから始めるんですか?」

「そうだな……」

アルタイルはナツメの言葉に少し顔を顰めていた。

「ベガはまだ精神的に辛いだろうし、あまり話さない。せめてベガ自信がちゃんと笑えるようになるまでは訓練よりも心のケアが必要だろう。」

「それはそうですね。俺たちの会話も聞こえてないかのような感じですし……」

「さてと、珈琲も飲み終えたし、私は仕事に戻る。お前もサボるんじゃないぞ。」

「はいはい。わかってますよ。」

アルタイルは机に手をついてベガを連れて医務室を出た。

ナツメも後を追うように医務室のドアを開けた。

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君と世界にたった一杯の珈琲を @tukudani-san

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