物語にならなかった物語

黒墨須藤

一つの星

暗いオフィスの一角。

ディスプレイの明かりに照らされて、男の無精ひげがもぞもぞと動く。

時刻は1時を過ぎたところだろう。

静かな室内に、カタカタとキーボードを叩く音が響く。


男は一旦キーボードから手を離し、大きく伸びをする。

明るく光るディスプレイの端から、暗い夜空を映す窓が見える。

キラキラと輝く星が暗い夜空に散りばめられている。


アイツらも、何か一つ違えばあの一つになっていただろうか。

目を細めて散りばめられた星を眺める。

男は再び画面に目を戻し、カタカタとキーボードを叩き始める。


アイツらと会ったのはもう何年前か。

脱サラバンドとして書いた記事がヒットし、一躍スターダムへの階段を上り始めた。

何が当たるか分からないものだ。

真面目なサラリーマンから、パンクなミュージシャンへの転向というギャップがウケたのだろうか。

とにかく雑誌は売れ、SNSを使った宣伝でちょっとしたムーブメントと化した。


しばらくは順風満帆だった。

社会を皮肉る歌詞や、サラリーマンあるあるなネタがウケた。

最初に取り上げたこともあって、男は優先的に記事を書けた。

書けば売れる。

そうしてドンドンと書いていった。


一方で、このバンドの危うさも男は感じていた。

おっさんが無理をしているようなビジュアルは、逆に売れる要素になった。

歌詞も、真面目なサラリーマンの反抗心というような感じで世間に刺さった。

バンドメンバーも仲は悪くない。


しかしこのバンドは、音楽が下手だった。


致命的なのは、このことを指摘出来る人がいなかったことだ。

気が付くと、質の悪いライターが群がり、面白おかしく書かれた結果、バンドは解散、いや霧散してしまった。


カタカタとキーボードを叩いていた手を止める。

とりあえず、こんなところだろうか。


男は誰も知らない歌を口ずさみながら、席を離れる。


「雄鳥のいないブレーメン、彼らの今」

白く染まり始めた空に、聞こえない程の小さな歌声がゆっくりと消えていった。



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物語にならなかった物語 黒墨須藤 @kurosumisuto

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