レールに乗った人生

サクライアキラ

本編

「とりあえず、僕と付き合いませんか?」


 そう言われて、私はとりあえず彼と付き合い始めた。

 その後、とりあえず彼と一緒に住み始めた。

 これから先、とりあえず結婚して、とりあえず結婚式して、とりあえず子供を作って、とりあえず……、そうやって何となく続いていくものだと思っていた。


「別れてくれ」


 それは前触れもなく突然だった。

 

 とりあえず生まれて、とりあえず幼稚園、とりあえず近所の小学校、中学校に通って、とりあえず勉強して、とりあえず自分の学力にあった高校に入って、とりあえず部活して、とりあえず勉強して、とりあえず大学に入って、とりあえず就活して、とりあえず会社に入社して、とりあえず働いて。

 そんなとりあえずという名のレールに乗った人生を彼も私も送ってきた。

 その中には、とりあえず付き合って、とりあえず別れてという学生ならではの恋愛も含まれていた。


 そして、私たちが出会った20代の恋愛のとりあえずは結婚までがとりあえずのレールに乗っていると思っていた。そのことは彼とも一緒に話していたし、彼も同じように考えているとも言っていた。

 私たちの出会いもお互いに一緒で、とりあえずマッチングアプリを登録して、とりあえず良さそうな人と会って、とりあえず付き合っただけだった。全く同じようなとりあえずのレールに乗った人生を二人で歩んできたはずなのに。


「もうとりあえずの人生は嫌になった」


 そう彼は言うが、そもそもとりあえず生きていない人間なんているのだろうか。

 私や彼のように「とりあえず」と口に出して言う人間はそこまで多くないのかもしれない。それに私たちのように、とりあえずのレールがあると意識して、それに沿った生き方をしている人だって多分いないだろう。

 とはいえ、とりあえずの人生じゃないって否定できる人なんているのだろうか。とりあえず小学校に行ったんだろうし、とりあえず中学校に行った人ばかりだろう。親が進めるからとりあえず中学受験したって、それもとりあえずの人生じゃないか。子供の頃の夢を叶えた人も、そもそもその夢や、夢のきっかけなんてとりあえずなものだろう。もし、私は生まれたときからこう生きていきますなんて言っている人がいれば、9割嘘つき、1割は人生n週目の人間でしかないだろう。


「もっと自分らしく、僕の意思に従って生きていきたい」


 正直私にはわからない。

 自分の意思って何だろう。

 とりあえず何かをするということだって、とりあえずかもしれないが、とりあえず何かを選択した結果でもある。結果的に、いわば社会の大きな流れによって、とりあえず選択させられたのかもしれないが、人間社会に生きている以上、それは仕方ないはずだ。

 人間社会というが、人間じゃない生物だったとすれば、もっと理不尽に、近くにインフルエンザに罹ったやつがいただけで自分も殺されてしまったりだとか、看板が見えないからと突然除草剤を掛けられたりとか、そんなところにはとりあえずなんて介入する余地もない。


 とりあえず生きていくことの何が悪いのだろう。

 

「僕は、これまでの僕や君みたいな人生はもううんざりだ」


 そう言って、彼は去っていき、二度と連絡を取ることはなかった。


 でも、よく考えると、彼はとりあえずの人生をやめるために、とりあえず私と別れたんじゃないだろうか。そして彼は、とりあえずの人生をやめるために、とりあえず自己啓発セミナーとかに通い始めるんじゃないだろうか。


 結局、私たちはとりあえずから逃れることはできないのだろう。


 とりあえずのレールから逃れられないこの世界で、今日も私はとりあえず生きていく。

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