四十三 紅い蝶と子供達 其の一
一方で、篤実は十兵衛の庵からふらふらと歩き、川沿いを上へと進んでいた。
「ゆきさまー」
川辺で洗濯をしていた猪の娘が篤実に手を振っている。娘は籠を置きぴょこぴょこと石の上を渡って、篤実の元へとやってきた。そして、篤実の有様を見てつぶらな瞳を瞬かせた。
「ゆきさま、びしょ濡れじゃあ。どうかしたんか」
篤実は、庵の裏で水を被ったまま此処まで歩いていたのだ。猪の娘が心配そうに覗き込んでくる。
「あ……いや、水を被って、着替えていなかっただけだ」
「風邪ひいちまうよ」
「……すぐに乾く」
「でも、ちょっとぐらい拭いた方がよかろぉ」
「ん……」
娘が袂から手拭いを取り出し、篤実の顔へと手を伸ばした。彼女はまだ成人ではないが、既に篤実と然程変わらぬ背丈だ。家に居るだろう彼女の母親に至っては、立ち上がれば篤実よりも頭二つ大きい。
爪牙の男は立派な体つきの者が多いが、女子もやはり人間より逞しい。
あの十兵衛の嫁御となれば、きっと――。
「すまない、洗って返す。預かっても良いだろうか」
「平気平気。手拭い一枚、ゆきさまを拭いたぐらいじゃ汚れた内に入らねえよぉ」
「しかし……」
「いつもオラの弟達と遊んでくれてありがとなぁ。弟たちが、ゆきさまはなーんでも知ってて凄いって自慢するんだで」
篤実より小さな子供たちの遊び相手も、篤実の仕事の一つではあった。そして、まだ大人ではなくともこの娘ぐらいの年頃の子供は、もう立派な働き手である。
「
「本当け? あいつら、いつまで経っても飯の後に
「そうか。
「助かるわぁ、ゆきさま」
猪の娘は笑って手拭いを籠へと放り込む。
「……手伝おうか」
「そうなぁ、じゃあ、籠の残り半分お願ぇします」
「心得た」
篤実は猪の娘と共に、籠を置いた川辺へと向かいしゃがみ込んだ。そうして、一枚ずつ手に取って川の中で洗う。
洗濯は初めてではない。しかし、毎日のように家族の着物を濯ぐ猪の娘の手際には到底敵わない。篤実が一枚洗う間に、娘は二枚洗ってしまうのだ。
「流石だなぁ」
「そんな、まじまじと見ねえでくれゆきさま。ほら、手ェ動かして」
「そ、そうだな。すまない」
――とその時、二人の後ろからガサガサと物音がした。
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