小料理屋で親友と久方ぶりに

さいとう みさき

お互いに歳をとったもんだよな

 彼はのれんをかき分け、その店に入る。


 駅ビルの一角、店の上には線路が通っている高架道の軒下にあるその小料理屋は、いろいろな日本酒がそろう穴場であった。

 料理も美味いし、酒も美味い。

 彼にしてみれば他の人には教えたくない店だった。



「お待たせ」


「おう、来た来た。もう始めてるぞ」


 彼はそう言いながらカウンター席に着く。

 そして、おかみからお手拭きをもらいながら、生ビールを注文する。



「元気だったか?」


「まあな、お前こそどうだ?」


「まあ、リストラされたよ、年末にな」


「なっ!? お前んとこ、あの有名な大手だったじゃないかよ? 定年まであと少しだって言うのに……」


「とは言え、定年までには後五年以上あるからな。俺らの世代は一番狙われるんだよ」


 そう言って親友はお猪口をくいっと空ける。

 そしておもむろに徳利に手を伸ばそうとするのを彼が奪い取る。

 ふと彼を見る親友だったが、お猪口をかかげる。

 彼はそのお猪口に日本酒を注ぎながら言う。


「今日は俺のおごりだ。存分に飲もう」


「はは、豪勢だな。でも有難くおごってもらうよ」


 そう言ってビールのジョッキとお猪口をこつんとぶつけてお互いに一気にあおる。



「大将、おすすめって何?」


「そうだね、トリの良いのがあるがさっとゆでてトリ和え酢トリあえずなんかが美味いよ」


「んじゃ、それお願い」


 彼は店の大将にそう言って料理の注文をする。

 そんなやり取りを聞いていて、親友はふとつぶやく。


「そういや、地元にはもう何年も帰ってないなぁ」


「ああ、そうだな。同じく東京の大学に出てきて、こっちで就職して、嫁さんもらって……」


「俺、まだ嫁にはリストラされた事言ってないんだよ…… 娘もや息子もまだまだ金がかかるってのになぁ」


「その、何処かに仕事のあっせんは無かったのかよ?」


 空になったビールジョッキの代わりにお猪口をもらい、西の方の銘柄の日本酒を頼む。

 それをお猪口に入れながら、親友にもそれを差し出す。

 親友は何も言わずに空になったお猪口を差し出し、その酒を注いでもらう。


「東京からだいぶ離れた系列会社に行くつもりだよ、単身赴任でね」


「……そうか。どこだ?」


「鳥取だな……」


 親友はそう言ってお猪口に口を付ける。

 そして、にこっとする。


「こいつはうまい。とろみがあって香りが強いな」


「西の酒はみんなとろみが強いよな? 北は辛口が多い。俺は北の酒も好きなんだがな」


 言いながら、また親友のお猪口に酒を注ぐ。

 そんな事をしていると、注文したトリ和え酢トリあえずが来た。

 二人はそれをほうばって、顔を緩ませる。


「美味いな」


「ああ、美味い」


 そしてまたお猪口に酒を注ぎ、二人して飲む。

 彼らはあれやこれやと積もる話をしながら、閉店まで飲み明かしていた。

 

 しかし、そんな時間も終り、お代を払ってから店を出る。



「最後にお前のにならなくてよかったよ。あち行っても頑張れよ?」


「ああ、そのつもりだ、またいつか一緒に飲もう。今度は俺のおごりでな」


 そう言って彼と親友は拳をかかげて、拳と拳をぶてけてから各々の帰路に向かう。

 次に彼らが盃を交わすのは何時になるだろう?




 二人はそれでも、今だけは良い気分でそれぞれの道を歩いてゆくのだった。

 

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小料理屋で親友と久方ぶりに さいとう みさき @saitoumisaki

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