【KAC20246】低空飛行の白い鳥

雪月

低空飛行の白い鳥

 春一番の風が波を立てるある湖の上に一羽の大きな白い鳥が翼を休めていました。

 いつもなら暖かくなるこの時期は仲間と一緒にもう少し涼しいところに渡っていくのですが、翼にケガをおったせいで今年は渡りについていくことができなかったのでした。


 そんな大きな白い鳥の元に一羽の小さな黒い鳥がスーっと低く飛んでやってきました。


「こんにちは、真っ白い大きな貴方。ここらじゃ見ない顔ね」

「こんにちは、小さな黒い君。どうも翼にケガをしてしまってね。渡りについていけないから、今年はここで留守番なんだ」

「あら、それはお気の毒だわ。わたしも渡るからお留守番の淋しさはよくわかるもの」


 ひとりぼっちを気の毒に思ったのか、それからというもの小さな黒い鳥は大きな白い鳥が淋しくないようにと、ことあるごとにスーっと低く飛んでやってきてはピチパチと話しかけていくようになりました。


 ある時は、綺麗な桜の花のついた枝を咥えて。


「こんにちは、見てごらんなさいよ、このお花。いつも暖かくなるとたくさん咲くのよ」

「やぁ、こんにちは。綺麗な色のお花だね。僕らがここにやってきて少しすると山々の葉っぱが真っ赤になるんだけどそれにも負けてないね。君にも見せてあげたいな」

「まぁそれは素敵ね!わたしも見てみたかったわ!」


 ある時は、友達を連れて。


「こんにちは、今日は友達を連れてきたの。とっても歌が上手なの」

「こんにちは、本当に大きくて真っ白なんだね。今日は歌を歌いにきたよ」

「やぁ、小さな緑の君。なんて素敵な歌なんだ。虫達の歌よりずっとずっと素敵だね」


 ある時は長雨の中を。


「こんにちは、雨は平気かしら?わたしはせっかく作った家が溶けやしないか心配だわ」

「こんにちは。僕は水鳥だからね、雨は全然平気だよ。それにもっと寒くなると雨は真っ白な雪に変わるんだよ」

「まぁ!貴方みたいに真っ白いのかしら?」

「僕よりもずっとずっと真っ白だよ」

「それは見てみたいけど、寒いのは苦手だわ」


 ある時は暑さを心配して。


「こんにちは、日差しにやられてないかしら?貴方の羽はふわふわで暖かそうだけど、いまの時期は堪えるんじゃないかしら?」

「やぁ……こんにちは……たしかにこれは堪える暑さだね。水もぬるくて気持ち良くないし」

「飛べたら涼しくなるんだけれど……翼はまだ治らないのかしら」


 そう言われて、大きな白い鳥は随分長く飛んでいないことに気がつきました。


「そういえばしばらく飛んでいなかったから翼の調子がわからないなぁ」

「あら、もしかしたら治っているかもしれないわ。一緒に飛んでみましょうよ」


 大きな白い鳥がためしに羽ばたいてみると、翼の痛みはすっかりなくなっていました。

 バタバタと助走をつけて、舞い上がった大きな白い鳥の飛び姿に小さな黒い鳥はすっかり感動しました。


「まぁ!なんて素敵な飛び姿なのかしら!とっても雄大だわ」

「ありがとう!でも君のように風を切って低く飛ぶのも格好がいいよ」


 二羽はすっかり仲良くなってそれから毎日のように一緒に空を飛んでいました。


 でも、そんな素敵な日は長くは続きませんでした。

 涼しくなって空気がカラッと乾いてきた頃、小さな黒い鳥は言いました。


「こんにちは。今日はお別れをしにきたの。そろそろ寒くなってきたでしょう?わたし、暖かいところに渡るの」

「こんにちは、それは残念だなぁ。淋しくなるね」

「あら、もう少ししたら貴方のお仲間が渡ってくるのでしょう?大丈夫よ」

「そういえばそんな時期になるんだねぇ。じゃあ、さようなら小さな黒い君、また会えたらいいね」

「さようなら、真っ白で大きな貴方。わたしもまた一緒に飛びたいわ」


 そうして二羽はお別れしました。

 また会えることを願って。


 でも次の年も、その次の年も会うことはできませんでした。

 それもそのはず、二羽は本来なら入れ違いに渡りをしていたのです。

 あの年はたまたま大きな白い鳥がケガをしていたので出会うことができたのです。


 それからというもの、湖にいる間、大きな白い鳥は低く低く水面スレスレを飛ぶようになりました。

 小さな黒い鳥と一緒になって飛んだことが忘れられずに、もしかしたらまた会えるかもしれないと。

 そして、その時に「こんなに上手に低く飛べるようになったよ」と自慢する為に。


 大きな白い鳥は今日もバタバタと助走をつけて、雄大に格好よく飛べるように練習をするのでした。



 おしまい。


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