ムショのトリ

月井 忠

一話完結

「おい! そう、そこのアンタ。新人だろ? とりあえず、ここのゴミ外に出しときな!」

 甲高い声が聞こえた。


「は、はい」

 仕方なくアタシは応える。


 なにが「とりあえず」だ。

 アタシだって暇じゃないだよ。


 ゴミが邪魔なら自分でどうにかすりゃいいじゃないか。

 そんな風に思うけど、この怒りだってすぐに忘れちまう。


 アタシは喉が乾いて、水を求める。


 このムショはヤバい。

 何がヤバいかは忘れちまったけど、とにかくヤバい。


 生きてシャバに出られるヤツはいないって聞いた。

 死体になってバラバラにされないとシャバには出られないって聞いた。


 でも、この焦燥感だって、すぐに忘れちまう。


「ちょっとアンタ! どこ見て歩いてるのさ!」

「うっさいわね! こっちだって急いでるのよ!」


 アタシにぶつかってきたメスに甲高く答える。


 このムショはメスでぎゅうぎゅうだ。

 とりあえず、アタシのスペースを確保しないことには生きていけない。


 まったく! アタシが何をしたって言うんだ!

 毎日毎日、卵を産まされてさ!


 でも、そんな怒りもすぐに忘れちまう。

 三歩も歩けば忘れちまう。


 どうせ、アタシはただのトリさ。

 カクヨムとかいう鶏舎のトリさ。


 ここにはメスがいっぱい、いる。


 卵を生み続けるメスがいっぱい、いる。

 卵にはタグってやつがついてて、この頃はKAC2024ってやつをよく見る。


 流行りなのかね。


 でも、アタシも人のこと言えない。

 とりあえず卵を生んで、同じようにKAC2024ってタグをつける。


 アタシはただのトリさ。

 毎日毎日こうして卵を産んで、★が見えない屋根を見上げて、一人で泣くのさ。


 まあ、そんな悲しみもすぐに忘れちまうんだけどね。


 やっぱりこのムショ、ヤベえな。

 死体になってバラバラにされないと、いや心をバラバラにされないとシャバには出られないわけだし。


 それでもたまに、デビューという冠をかぶって、ここを出ていくメスもいる。


 アタシはそんなトリになれるかな?

 キミもそんなトリになれるかな?

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ムショのトリ 月井 忠 @TKTDS

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