トリあえず生!
菅原 高知
家族×居酒屋×憧れ
「ねぇ、ビールって美味しいの?」
それは子供の頃の記憶。
家族でよく行く居酒屋でいつもお父さんがメニューも見ずに、席に座るなり注文していた黄金色の飲み物。
「グビッ グビッ グビッ――――カァァァァー!」
一気に半分くらい飲み干す。
いつも凄く良い顔をしながら、いい声を上げて飲んでいた。
染み渡るってこう言うことなんだろうなぁ、と幼心に思った記憶がある。
「ん? うまいぞ〜」
そう言いながら、また一口。
「カァァァ〜~!」
「ねぇねぇ、一口ちょうだい」
クイクイっとお父さんの袖を引っ張りお願いしたが、
「ダメだダメだ。ビールは大人の飲み物だ。お子様はジュースでも飲んでろ」
「えーケチー」
「ケチで結構! グビッ カァー美味いッ!!」
「お母さん〜お父さんがイジメるぅ」
「あ、コラ! お母さんを味方に付けるのはズルいぞ!」
我が家で一番強いお母さんにはお父さんだって敵わない。私がお父さんにからかわれている時お母さんはいつも私の味方をしてくれる。この時だってお母さんはきっと私の味方をしてくれると思った。
「ん〜 お酒はまだ早いかなぁ」
だけど、お母さんは苦笑いしながらそう言った。予想外の事にショックを受けた私に、
「代わりに、コレなら貰ってもいいわよ」と、お父さんの前に置かれていたお皿を渡してくれた。
「あ、お前それは――!」
「ん?」
「……何でもないです」
お母さんの無言の圧力に負けたお父さんは、今度は悲しそうにビールを飲み干した。
「えー、ビールが良かったのにぃ」
「そんな事言わずに食べてみたら? ほら、お父さんのあの顔見て。凄く残念そうでしょ?」
ブゥ垂れる私にお母さんが少し悪い顔をして言った。
「……本当だ。――食べてみる!」
いつもビールと一緒に運ばれてくる中身が違う小さな小鉢。量が少なくケチくさいなぁくらいにしか思っていなかった。
ソレが――美味しかった。
後から知ったが、この時食べたのはは牛のしぐれ煮だった。
その後私がお通しにハマったのは言うまでもない。ジュースを片手にポテトサラダに、きゅうりのたたき、キムチにタコワサまで。
子供の時には刺激が強いものもあったがジュースで流し込んだ。
お通しを食べている時、私は大人になった気分になれた。
二十歳になり、人並みに飲み会にも参加した。
そして、ドキドキしながら頼んだ「とりあえず生」は、思ったほど美味しくはなかった。
苦い――コレが最初の感想で、それ以上の感想は出て来なかった。
でも、就職後同僚や上司を見るとみんなあの時のお父さんのような良い顔をして「とりあえず生」を飲んでいた。
だから、私は自分がまだ大人じゃないんだと思った。だって、同い年の友達と飲みに行く時はみんな甘いカクテルを頼む。私を含めて彼女たちが大人かと聞かれたら、首を捻る。
ほとんどの友達が大学からの連れだが、みんなあの頃と変わっていない。
ノリや会話、見た目だって
私はいつ大人になれるのだろうか?
還暦を迎えた今。
今日も旦那と一緒に晩酌でビールを飲む。
乾杯して一口。
「……苦い」
「ははは。君は本当にビールを不味そうに飲むね」
「だって、本当に美味しくないもの」
「そんなに嫌なら飲まなければ良いのに」
「だってそれじゃあ、私がいつ大人になれるのか分からないじゃない」
「君の中の大人の定義は前から変わらないね」
「もちろん。ん~~今日のもつ煮も最高ね」
「お粗末様」
「ふふふ」「ははは」
私はコレからもビールを飲み続ける。料理上手な旦那が作ってくれるおつまを添えて。
子供の頃の憧れとは少し違うけれど、こんな幸せも良いものだと感じながら。
トリあえず生! 菅原 高知 @inging20230930
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