銀華

紅杉林檎

妖コーヒー


「コーヒーを一つ」


「かしこまりました。ミルクと砂糖はいりますか?」


「いや、結構」


「承知しました」


 喫茶店の暖かみを帯びた照明の明かりに晒されながら眠った。優雅な一時とは言えないが、ほんの少し休息としては十分だった。


「お待たせしました、ホットコーヒーでございます」


 そう言って机にカン、と乾いた音をたて置かれたコーヒーからは湯気が湧き上がっていた。


「君、ちょっと待ってくれ。私はホットコーヒーを頼んではいないぞ」


「え? でもお客様は確かに『ホットコーヒーを一つ』とおっしゃられていましたよ?」


「そんな事一言も言ってないぞ。私はコーヒーを一つと言ったはずだ。それなのに君の独断で温かくするんじゃない!」


「____全く、困ったもんだな」


「すみません。ではこちらのホットコーヒーを無償でアイスコーヒーに取り替えますね」


「いやいいよ。君の無能ぶりはよく分かったし、何より私が求めていたのはホットコーヒーでもアイスコーヒーでも無いよ」


「左様ですか。ではごゆっくりどうぞ」


 店員ってすごいな。こんなわがままや偉そうな態度で接しても顔色、口調、何一つ変えずに対応していた。

 ____何だか罪悪感が湧いてきたな。店を出る時、彼女に謝罪をいれよう。


「しかし最近またきな臭い話が立ち込めるようになってきたな。もしかしたらこの手紙も関連性があるのかな?」


 私の手にくべられた一通の手紙。この手紙もきな臭い話が立ち込めてからポストに差し込まれていた物だ。

 中には一枚の白色の紙。四つ折りだった。私はその紙を破れる勢いで広げた。するとたった六文字の文章がその姿をあらわにした。


「なになに......『』?」


 この文章の意味が理解出来なかった。ホットコーヒーを一口ぶん胃に流し込み、続きが無いか紙の周りを見渡した。やはり無かった。


「差出人はマナーがなってないな。誰宛てかも書かず、挙げ句自身の名前すら疎かにしてしまっている」


 突如、視界が暗くなった。眩暈も無い。頭痛も無い。眼球に痛みも無い。じゃ何故? 何故私の視界は暗くなった? その謎はすぐに晴れることになった。


『我は妖......だ。のう人の子よ。貴様は先程コーヒーを口にしただろう』


 どこから聞こえてくる妖の声。私は妖の声に素直に答える。コーヒーを飲んだと。


『では何故、何故貴様はコーヒーを持ってきた時、我にいちゃもんをつけたのだ。貴様はあの時確かに言ったぞ。ホットコーヒーを一つ、と』


「? 私は別に貴方に対して何か言った記憶はないけど?」


『先程貴様に接客対応した女性店員が居ただろう』


「居たね」


『あれは我だ』


「は?」


『正確に言えば我はあの店員に乗り移ってたんだがな。それで貴様の接客の時、貴様にホットコーヒーを持っていってやったら貴様はホットコーヒーじゃないといちゃもんをつけ挙げ句の果てにはホットコーヒーでもなければアイスコーヒーでもないとほざいた。腹が立った。だから貴様のコーヒーに一つ、をさせてもらった』


 訳がわかってきたぞ。視界の行方は妖の細工とやらに奪われたんだ。


「____さっきの事は謝る。だから私の視界を返して」


『断る。第一我が貴様に求めているのは謝意では無い』


「は?」


『のう人の子よ。我と取引をしよう』


 取引、か。内容によるな。あまりにふざけた内容だったら断ろう。


『取引内容はこの町に散らばった我の肉体を集めろ。そして我を復活させろ。それまで視界はそのままだ。分かったな』


 また馬鹿げた内容だな。視界が無いのに肉体回収なんてどうしろというんだ。


「肉体回収するって言っても無理だよ。私の視界は貴方に奪われているんだから。貴方の肉体がどれか分からないよ」


『その点は安心しろ。我が目が見えない貴様の目となろう。今の我が物体を触るには他の肉体を介すしか無い』


『そこでだ』


『視界が無い貴様と実体が無い我でコンビを組んで肉体を探すことにした。触るのは貴様で、見つけるのは我。どうだ。完璧だろう?』


 目が見えなくても笑っているのが分かる程、妖の声は踊っていた。少々苛立ちを感じつつも私は妖の取引内容に合意した。

 合意した後、コーヒーを飲んだはずなのに、不思議と眠気が沸いた。

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銀華 紅杉林檎 @aksugiringo

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