フォーリンラブ作戦

杜侍音

フォーリンラブ作戦


「わたしはね、鳥になりたいと昔から思っていたんだ」


 空野そらの先輩は俺の背中に抱きつきながら唐突にそんなことを言った。


「大空を自由に飛び回りたい。温かい太陽に近付いてみたい。羽があったらどこの国に行こうかな〜、なんて妄想をずっとしていたんだ」

「許可なしに他国に行けば撃ち落とされますけど」

「もう! 後輩くんは夢がないな! まぁもちろんそんなことは分かってるんだけどね。だからわたしなりに夢に近付けるように空を目指したんだ」

「それでパイロットの夢を」

「うん! 空はいいところなんだよって世界中の人に伝えたいからね!」

「……だから、俺をここに連れて来たんですか」

「そ。やっぱり最初は……す、好きな人に知って欲しいなって……」


 空野先輩は恥ずかしそうに頭を俺の首元にうずめる。

 全身が風に包まれて寒いけれども、そこだけ温もりを感じた。


 彼女は大学のとあるサークルの先輩だ。


「へへへ、金髪にしちゃった!」


 大学デビュー(二年目)と称して金髪に自分で染めるも、下手だったからなのかは俺にはよく分からないが、すぐにプリン頭になった。

 それでも「プリンかわいいよね!」とそれはそれで楽しめる明るさが彼女の魅力だった。

 お互い下宿民で、地元も下宿先も近かったからか話すことが多く、よく一緒にいた。

 二ヶ月に一度ペースで告白されるという可愛い先輩に、当然俺も意識せざるを得なかったが、まさか向こうも同じ気持ちだったとは……。


「へー、あ、そうなんですか」


 ……本来はもっと嬉しいはずだが、今はそう返すことしかできない。

 別に照れ隠しというわけじゃない。


「ちょ、ちょっと! 反応薄いよ……! せっかく女の子の方から告白してるんだし、もうちょっと気の利いたこと言って欲しいな!」

「いや、あのそうなんですけど。……とりあえず、考えましょうよ。から助かる方法を」


 今、俺と先輩は4000mの高さから時速200kmで自由落下し続けている。地面まで一分もない。


「ふぉ〜! あ、パラシュート忘れた」


 飛び降りた瞬間に耳元で聴こえた不吉な言葉。

 二人きりでスカイダイビングしに来ただけでなく、俺が前、空野先輩が後ろのタンデムに、ドキッとした俺の純情な気持ちを返せ。


「まさか背負い忘れてたとはなー。いやー、落ちながら告白する吊り橋効果を利用した作戦〝フォーリンラブ作戦〟失敗しちゃったよ!」

「このドキドキは死を目前にしたものなんですが」

「大丈夫大丈夫! ……鳥が助けに来てくれるから」

「ここで鳥に会えそうにないのに何言って──」


 いや、空野先輩の言う通りだった。

 目の前に音を立てて白い大きな鳥が現れる。

 俺たちと一緒に真っ逆さまに落ちてきたのは、小型飛行機。さっきここから飛び降りたものだ。

 先輩は空の中を華麗に舞うと、飛行機の中にスッと入っていき──「「いだっ!?」」


 機内の壁にぶつかった。

 そうか、ここに来たのは二人きりじゃなくもう一人いた。この小型飛行機を運転するのは彼女の父親だ。

 彼は現役のパイロット。父親の背中を見て子が育つのは何ら不思議ではない。


「また忘れてっただろ!」

「パパごめーん!!」


 今日初めて出会った時は、すごく優しくしてくれた空野父。

 しかし、俺の背中越しにめちゃくちゃ大声で先輩を怒っており、空野先輩もまた爆音で謝罪した。当然の末路だが。

 ただAライセンスを既に持つ彼女のお陰で命は助かった。もちろん、こんな目に遭ったのも彼女のせいだが……不思議と今は笑顔になっていた。


「……楽しかった。空飛べたみたいだ」

「ふふっ、ドキドキしたでしょ?」

「あぁ。ドキドキした」


 この開放感は他では味わえないものだ。

 また、飛んでみたいな……。



「……ちなみにもう一つのドキドキは?」

「どうかな。とりあえず、地面に降りてから答えようかな」

「おぉっ!? もー、後輩のくせにドキドキさせるのずるいぞ……」


 先輩は耳元でそう呟いた。



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フォーリンラブ作戦 杜侍音 @nekousagi

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