【KAC20245】黄昏オルフェウス

金燈スピカ

黄昏オルフェウス

 ひいばあちゃん家に行くと、いつも奥の四畳半のお部屋に、小さい女の子がいる。


「今年も来たよ」

「たっくん!」


 僕が声をかけると、ミヨちゃんというその子は嬉しそうに笑って振り向くんだ。ミヨちゃんはいつも金魚の模様の浴衣を着ていて、背中にピンクの帯がふわふわしていて、髪の毛は真っ黒でおかっぱ。古いお人形みたいだな、っていつも思った。


「たっくん、何して遊ぶ? めんこ? おはじき? けん玉?」


 ミヨちゃんはいつも押入の奥から、僕が見たこともないような面白いおもちゃをたくさん出してきてくれる。レトロな丸いカードに、きらきらしたガラスのかけら。丸い玉を串刺しにするやつ。ひいばあちゃん家に着く頃は、車の中で散々ゲームをして飽き飽きしてるから、ミヨちゃんのおもちゃがとっても楽しそうに見えるんだ。ミヨちゃんと遊んでいるとあっという間に夕ご飯の時間になって、お母さんが僕を探しにくる。ミヨちゃんは病気がちだから、ご飯は特別なものを一人で食べてるらしい。それが恥ずかしいらしくて、お母さんが来ると隠れちゃうんだ。それにこの四畳半のお部屋の外には出たことがないんだって。


「ミヨちゃんもお外に出られたらいいのになあ」

「そう?」


 綺麗な紐であやとりをしながら僕がそう言うと、ミヨちゃんはニコニコしながら首を傾げる。


「少し行くと駄菓子屋さんがあって、かき氷が食べられるんだよ。カブトムシがいるところもあるし、おじいちゃんがとうもろこしを焼いてくれるよ。それに、山の上から見る夕日がとっても綺麗なんだ! ミヨちゃんと見られたらきっとすごく素敵だよ!」

「……そう?」


 ミヨちゃんのくりくりした目が僕をじっと見る。可愛いなあ。手を繋いで外をたくさん走れたら、どんなに楽しいだろう。


「……たっくんが、はなさないでいてくれたら、行けるかも」

「うん、僕、絶対話さない! 誰にも言わないよ!」

「そう……?」


 ミヨちゃんは首を傾げていたけど、やがてにっこり笑って頷いた。


「じゃあ、行く!」

「やったあ!」


 僕は嬉しくて飛び上がって、そのままミヨちゃんと手を繋いで家の外に飛び出した。駄菓子屋さん、川原、雑木林。ミヨちゃんと一緒だと楽しい、楽しい、楽しい! ミヨちゃんの手は冷たくて気持ちいい。僕たちはずっと手を繋いであちこち走り回った。


「ミヨちゃん、こっち!」


 僕たちは山の上への道を駆け上がった。空はもうオレンジ色に変わってきている。あと少し、頂上に行くと広場があって、そこから夕日が見えるんだ。


「たっくん……! 早いよ……!」

「頑張れミヨちゃん!」


 ミヨちゃんは汗だくになって、でもニコニコしながらついてくる。


「たっくん、はなさないでね……!」

「うん!」


 頂上が見えた! お日様はもう山の端にかかって、あたり一面オレンジ色に染まっている。ずっとミヨちゃんとこの景色を見たかった!


「ミヨちゃん、見て!」


 僕はミヨちゃんを振り向いて、ばっと両手を広げて見せた。この景色、見て、ミヨちゃん!


「あ……」


 ミヨちゃんが、ぽかんと口を開ける。


「はなさないでって、言ったのに……」

「え……?」


 ミヨちゃんのガラス玉みたいな目から、ポロリと涙がこぼれ、それが落ちると思った時には、ミヨちゃんは煙が消えるみたいに消えてしまった。


「ミヨちゃん……?」


 名前を呼んでも、風がごうごうと通り過ぎるだけだった。

 











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