裏切られたオレは再び歩き出す──と。

プロローグ

 夏の残暑が消え、肌寒さと共に冬の訪れを感じさせられる秋終盤。

 明るかった学校帰りの道も暗くなり、人気の少ない住宅街は妙な不気味さがある。不審者に狙われていたり、幽霊が居るんじゃ無いかと思わず辺りを見回してしまう。そうして視界に入ったのは両者のどちらでもなく、異彩を放つラブホテル。

 近隣住民からの、特に小さい子をもつ親たちからは苦情が来て潰れないのだろうかと、このホテルの役割を知った4年前から思っていたが、オレが物心ついた頃から変わらない姿でここに建っていた。

 自然、足が止まる。

 ホテルから1組のカップルが姿を現したからだ。別に見つかろうが知り合いでも無いだろうし気にする事は無いだろうけど、無意識に止まってしまった。

 進行方向は同じで向こうが前を歩く形になるので少しこの場で待って距離が離れるのを待つ───だけのつもりだったんだけど、そうはいかない事態が起きた。


「……紗代」


 絞り出した声は本当に小さなもので歩いて行く2人の耳には届かなかったようだ。それでも、思わず口に手を当てて電柱の影に身を隠す。見つかりたく無いと、本能が身体を動かした。

 自分の恋人が浮気をしていた事実を知った、しかも、ホテルから出てきた場面を目撃して───それだと言うのに、不思議だった。

 不思議と、気持ちが落ち着いていた、冷静だった。

 慌てて身を隠して言う事ではないかも知れないけど、事実、冷静に思考は働いていて、スマホを取り出しビデオ撮影を開始していた。

 万が一の保健の為に。

 必要は───無いだろうけど。

 2人の背中が見えなくなり、電柱の影から出て、再び帰路についた。

 

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