宗教紛争 決着

「さて、詳しく聞こうか。なあに安心しろ、寝起きにきついのを食らったからな。めったなことでは驚かない。」


 津山城大広間、安崎家美作南東部統治の拠点となるその城は重い空気に包まれていた。


「西部兵3000が進軍。津山領南西部に入ったとのことです。」


「3000・・」


 静寂が場を支配するなか、平兵衛が呆然としてつぶやく。


 美咲領を落とした今、美作地域・久米南の兵3000が動かせる。これを西に向かわせればひとまず戦線は無事だ。


 しかしそれでは戦力をすべて戦線の維持に充てなくてはならない。圧倒的多数で各方面に襲いかかる当初の挟撃作戦が使えない。消耗戦になる。


 全力で立ち向かえば、負けはしない。こちらの本拠地がすぐそばにあり、包囲されているとはいえ敵は個別に動いている。いずれは勝てるだろう。


 だが、山々に覆われた鏡野・津山・真庭を落とすのにどれだけかかる?敵と戦う損害は?やっと目処がたった食糧問題はどうなる?一冬越えるので精一杯なんだ。こんな大軍を展開し続ければ数ヶ月で破綻する。


 ここでもたもたしている間に大内が尼子を攻めたら?万が一尼子が負ければ俺たちはどうなる?美作で争っているのを見て大内が尼子方の俺たちを支持するか?


 沈黙に覆われた大広間を茂吉の大声が打ち破った。


「殿!俺に美咲にいる兵を貸してください!鏡野を蹴散らしてやりますよ!」


 茂吉には対鏡野を任せていた。


「だめっすよ、真庭兵がすぐそこにいるんすよ?」


「ぐっ」


 平兵衛が一蹴するなか、五郎がぽんと手をうちこちらを向いた。


「殿、良案かもしれません。敵が数倍とはいえ坪井周辺は道が狭く防御設備もあります。坪井を守る兵数でも一日二日では負けません。その間に鏡野を落としましょう。」


「い、いや、鏡野を進んでる間に真庭兵が来るっすよ!津山のお城が落ちたらそれこそ挟み撃ちっす!」


「鏡野全土ではなく本村のみにしてはどうでしょうか。」


 ふむ。


「本村は距離としてはすぐそこだ。鏡野全域を征服するよりはるかに時間がかからない上に本村を抑えておけば敵の攻撃は散発的になる。兵を西に送れるわけだ。」


「は。各地に兵を展開し、同時に相手取るよりはるかに消耗が少ないでしょう。」


 ・・・だが、それも比較的だ。相当の被害がでる。これまでのこと、これからのことが頭に浮かんでは消えていく。俺は、たやすく利権を獲得できると考えた。より俺たちが有利になるのだと考えて戦を始めた。 これ以上被害が出ては、意味が無い。


 安崎は大きく息を吸い込んだが、言葉が出ない。この言葉を発すれば、自分の判断が誤りだったと認めることになる。民を死なせ、国庫を削ったことが全くの無意味だったと、認めることになる。ああ、五郎の策で戦えば案外良い結果に終わるのではないかと弱い心が囁いてくる。だがだめだ、俺は自らの意思で始めたのだ。わがままでこれ以上領民を、仲間達を苦しませるわけにはいかない。


 安崎はゆっくりと言葉を紡いだ。


 安崎家降伏 地方派勝利の報が美作を駆け巡ったのは、安崎家の中央派支持表明からわずか数週のことだった。


 南郷家に突然現れ勢力拡大に多大な功績を残した武勇の将、安崎の武名は失墜することとなる。



 

     




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