俺はどうやら、とんでもない思い違いをしていたようだ……

綾部まと

人前で屁をこき続ける半生でした

私には18年間思い込んできた事実がある。それは「人間がおならをしても、その臭いがわかるのは自分だけ。他人には決して臭いがばれることはない」というものだ。


今思えば、恐ろしい話である。なぜそのように思い込みに至ったのかは定かではない。おそらく当時の私を取り囲んでいた優しい人たちが、私をおならをしても知らんぷりをしてくれていたからだろう。幸か不幸か、一人も「うわ!お前、屁こいただろ!臭えよ!」と言ってくる人はいなかった。


これらの経験から、幼い私は「おならをしても臭いを感じるのは自分だけ、という性能が人間にはあるんだろうな。だから私はすごく臭いと思っていても、他人にとって臭うことはないんだろうな」と思って過ごしていた。これは高校3年生まで続く。私は何のためらいもなく、他の人の前でも屁をこき続けていたのである。


こんなバカな私でも、さすがに「おならの音は他人の耳にも聞こえる」ということは分かっていた。満員電車の中で、「誰にも見られていない」と油断しながら先生が歩いてる廊下で、おじさんたちがブッブ、ブッブと屁をこく音を聞いてきたからだ。


今となっては彼らに感謝している。彼らが私の前でおならの音を聞かせてくれなかったら、「私のおならの音は他の人には聞こえないんだろうな」と思って、豪快に人前で屁をこき続ける人生だっただろう。


私が思い込みを正すきっかけになったのは大学1年生の頃、サークルの先輩によってだった。たまたま部室で2人きりになったタイミングで私はいつも通り、屁をこいた。すると、先輩が「……今、おならしたでしょ」とつぶやいたのだ。


私は驚いた。他の人に臭いがわかると思っていなかったからだ。「どうして分かったんですか?」と聞くと、先輩はあきれ顔で「だって臭いもん」と言った。「先輩って、めちゃくちゃ鼻が良いとか?」と聞き返すと「いや、そんなわけないと思う。俺、花粉症だから、むしろ鼻は悪い方」と返された。


その時の私の衝撃と言ったら、筆舌に尽くしがたい。高校時代も好きな男の子の前で、中学時代も塾の教室で、私は今まで刺激臭を発し続けてきたのだ。「人間って、おならをしても、自分にしか臭わないと思っていました……」と声を絞り出すと、私だけでなく先輩も真っ青になった。「え……今まで、よくそれで生きてこれたな」と彼は言う。


この事実に気づいてから、私は大学に上がる前の友達を一層大切にするようになった。屁をこき続けていた私でも、仲良くしてくれたからだ。きっと心の中では「あの臭い子、またおならしてるよ」と思っていただろうが、誰一人として、臭いとかキモいとか言ってくる子はいなかった。みんなの心の広さに感謝である。


余談だが、こんな百年の恋が冷めるような出来事からしばらく経った後で、先程の先輩とは付き合うことになる。人生、分からないものである。私も誰かがおならをしても、見て見ぬ振りをしようと思う。いつか先輩のように、どこかのタイミングで気づかせてあげる人が、きっと現れると信じて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺はどうやら、とんでもない思い違いをしていたようだ…… 綾部まと @izumiaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画