時間よ止まれと誰が望んだ
春
7時12分
「ねえ――時間、止まってない?」
「時計。時計見て! 今何時!?」
明音はそう言うだけ言って、次の瞬間には堰を切ったように窓に飛びついた。
「何時って、7時12分」
いつも着けている左手の腕時計に目を落とし、その後顔を上げた
学生が登校するには少々早い時刻。それが事実であると示すように、2人のいる教室には他にまだ誰もいない。
聞いてきた割に明音は悠人の返答に何も反応しないまま、窓枠に身を乗り出して外を眺めている。そして、何の言葉も発さない。
「なんだよ、もう……」
悠人はそう呟き、彼女の始めの言葉を反芻する。
時計ではなく、「時間」が止まっている? 突拍子もない発言に思われた明音のその言葉が嘘ではないと、悠人はすぐに自らの頭で理解することとなる。
窓の外、そこから見えるグラウンドでは、確かサッカー部の連中が朝練を行っていたはず……悠人の記憶の限りではそうであった。よくもまあ、こんなに早い時間から威勢良く声を出しながら駆け回れるものだと、登校した時に横目で見やり思ったのだ。
呆然と窓際に立つ彼女を追って、悠人は同じ方に目をやった。
「そういえば、さっきからやけに静か……な、何だこれ」
誰かが蹴り飛ばしたのだろう、サッカーボールが宙を舞っている。
否、宙に浮かんだまま静止している。
サッカー部の部員たちも皆、今まさに足を上げて息を切らし、砂ぼこりの中を走り抜け、ボールを我先にと追う――その様を維持して止まり続けている。
その瞬間はさながら写真のようにグラウンドの上で綺麗に切り取られ、悠人の目にはむしろドラマチックにも映った。そしていつまで眺め続けても、動き出すことはなかった。
明音と悠人の2人しかいないこの教室だけでなく、校舎内も、開け放たれた窓の外までもが、いつから沈黙に包まれていただろうか。いや、少なくとも教室の中では、ずっと沈黙が続いていたのだが。
この校舎は駅から徒歩にして20分ほど移動した辺りの住宅街の中にそびえ立っている。近隣の住人が周囲を通ることも多く、自動車や自転車の音、大人しく乗っていられない子どもの声、それを叱り付ける大人の声を、生徒たちはたびたび耳にしている。
その音や声も一切無い。思えば、普段ならば吹奏楽部の朝練の様子が漏れ聞こえることもあったはずだった。それなりに早い時刻とは言え、これほどまでに無音になることは有り得ないと、日頃から誰よりも先に登校している明音は知っている。
窓からの景色を確かめ続けているのか、ただ呆然としているのか、2人揃って黙りこくっているところから気を取り直したのは何分が経過した――そう体感した――頃だったか。
ふと壁の時計を見ると、針が示す時刻は変わらず7時12分。スマホの画面にも7時12分。やはり時は止まり、2人は7時12分に閉じ込められていた。
「……一体なんなの、何、どういうこと」
明音が発した、戸惑いの色の濃い声の響きは、悠人の緊張を密かに和らげた。
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